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アフレコによって全ての音に価値を持たせるべく、どのようにコントロールするか…『 私はどこから来たのか、何者 なのか、 どこへ行くのか、そしてあなたは…』北尾和弥監督に聞く!

2023年8月1日

共に暮らしていて、ある日失踪した男性を、残された写真を頼りに探し出そうとする女性の姿を描く『私はどこから来たのか、何者なのか、どこへ行くのか、そしてあなたは・・・』が8月5日(土)より大阪・九条のシネ・ヌーヴォで公開。今回、北尾和弥監督にインタビューを行った。

 

映画『私はどこから来たのか、何者なのか、どこへ行くのか、そしてあなたは・・・』は、映像作家の北尾和弥さんが、現代の東京をさまよう女性の姿を、ディストピア的に捉えた映像と研ぎ澄まされた音響、浮遊するような言語感覚で描いた異色ロードムービー。主人公の女と暮らしていた男が部屋に無数の写真を残し、突然姿を消した。女は写真を手に、そこに写った場所を探すために東京の街をさまよい歩く。その中で4人の人物に出会った女は彼らと会話を重ねる中で、失うことへの不安、焦燥、自らが信じていたものへの疑問などさまざまな想いを掻き立てられていく。次々と現出する問いに内なる対話を深める中、自身の中にあったはずの何かを埋め戻すため、女はもがくのだが…
都市をさまよう女を、ダンサー、パフォーマー、アーティストとして活躍する石川理咲子(Ree)さんが演じる。

 

2000年代のミニシアターで公開された作品の影響を受けている北尾監督。特にペドロ・コスタ監督作品からの影響は大きく「『ヴァンダの部屋』を最初に見たんです。強烈な光と闇で構築された映像は衝撃的で今でも印象に残っている。小さなビデオカメラで撮っているのも当時は衝撃的だった」と振り返る。また、20代の頃、ミニシアターでリバイバル上映されていたロベール・ブレッソン監督作品に傾倒し「僕の映画とは見た目は関わりなさそうですけど、今でも1番好きな映画あげるなら『ラルジャン』」と話す。

 

本作の制作にあたり、脚本はクランクインの段階では最後まで書いておらず、ある一定のシーンまでの脚本を書いて撮影し、その結果を元にまた途中まで続きの脚本を書き、再び撮影に入るということを繰り返して製作していく手法を執っている。当時、様々な映画を観過ぎてしまい、自身で何度脚本を書いても、ある程度完成した時点で「おもしろくないな、これ」とつまらなく感じてしまっていた。「他に似たような作品はないが、ぼんやりとしたイメージがあった」という中でなかなか映画を形にできずに悶々とした時期を過ごしていたある日、本作で主演となる石川理咲子さんと偶々出会うことに。石川さんは、ダンサーであり、トウシューズペインティング(踊りながら足で絵を描く)を披露するパフォーミング・アーティストだ。映画における身体の動きに疑問を持ち、「映画の中でどのように身体を使って演技をするか」と北尾監督が考えていた時、ある撮影現場で振り付け役として現場に参加していた石川さんと出会い、帰りのロケバスで席が隣になり色々と話をしたところ「なんかこいつ話せるな」と直感。自作についても相談していくと話が合い、「1回撮ってみませんか」と尋ねると「やってみたい」と即答。イメージ作りの為にテスト撮影を監督の自宅で実施し、その映像は、今作冒頭のシーンになっている。「可能な限り動きを削ぎ落としていった。動きを削りながら撮っていくことで、良いものが撮れた。本来動いて表現する石川さんの身体動きを制限したことで、彼女には多少のストレスがあったようですが、上手くやってくれた」と手応えがあり、構成を決めて脚本を書き進めることに。「大きな物語は不要。何かを探している人が4人の人物に会って会話をする」と物語の大筋を決め「取り入れたい台詞を書き込み、写真を基にして男を探すシンプルなストーリーにしよう」と纏まっていった。まずは、新宿で女性と出会うシーンまで書き、当初はそのまま最後まで書くつもりだった。しかし、他では見たことが無いものをイメージしていた為「何が撮れるか分からないから、続きがどうあるべきか分からない」と判断。「この形の台詞で画の中に広がりがうまれると、どうなるのかな」と模索し「次々に人と会っていきながら、書いて撮って、を繰り返していこう」と計画した。現場の人数はほとんどの場合監督と俳優のみと、最小限。長期間の中で月に1〜2日、自身と石川さんのスケジュールが合う日に撮影しており「完成形が見えない中で、撮影と撮影の間の期間に次のシーンを考えて書いていった。それを繰り返していくことで作品への理解を深められて、終盤のシーンではやりたかったことが実現できた。何かが映ったような気はしている。この手法が合っていたのが大きい」と納得している。

 

4人の人物に関するキャスティングでは、北尾監督の20代からの知り合いや石川さんからの紹介に助けられた。高橋恭子さんは、北尾さんが20歳過ぎの頃、映像専門学校に通っていた時に友人の映画に出演していたこときっかけに知り合い、彼女が出演する舞台に誘われて見にいくこともあり、細く長い付き合いが続いている。主人公が最初に出会う人物は、脚本を書いた時点で「イメージが合う。高橋さんにしよう」と即決。次に出会う哲学を語る老人については「決して老人である必要はない」と捉え、高橋さんに相談し、小野塚老さんを紹介してもらうことに。後に、その二人が実は夫婦だったことが判明する。次に出会う人物についてピッタリと合う人物がなかなか見つからず、石川さんから那木慧さんを紹介してもらう。会ってすぐに「いじけたような美しさがある」とその魅力に惹かれ、撮影前ギリギリに決められた。その後に登場する鴻森久仁男さんも北尾さんの20代からの知り合いで「頻繁に現場に手伝いに来てくれた。今回、7割程度は自分1人で撮っているが、大変なシーンでは彼に手伝ってもらった。元々は役者ですが、高じて作るようになった。石川さんに出会った現場は鴻森さんの現場。台本を渡せば何でもやってくれる」と信頼している。

 

撮影では、石川さん1人だけのシーンに関しては「テスト段階で、この人物はこういう動きをするんだな、と理解できるだけの手応えがあった。そのまま実際に外へ出たら最初に良い画が撮れた」と順調だった。電車の中での撮影に関しても、昼間に乗客が少ない路線を選び、周囲に迷惑をかけないように短時間で撮っており「石川さんは、座っていることをお願いしたら自然に座っていられる。実はカメラを向けられて自然な状態でいられる人は役者でも滅多にいない。演じてしまう。石川さんは役者ではないが全く問題なかった」と太鼓判を押す。だが、1人目の女性に会うシーンで「初めて人と喋るシーンがピンとこなかった。この映画における会話を理解できていなかった。」と話す。また、「主人公は囁くように話す、と最初に前提を決めたけど、新宿で交差点上の歩道橋だと聞こえるはずがない」といった問題も発生。これは無理だ、と愕然としたが「時間がかかりながらも、出演者たちがお互いにほとんど聞き取れない中で、お互いの間を雰囲気で分かる境地に至っていった」と驚かされた。その後、高速道路の高架下で”河原の哲学者”と出会うシーンがあり「現場(隅田川)の近所に住んだことがあり、気に入っていた。周辺には公園もあり、会話シーンが作れそうだ」とロケハンも捗っていく。

 

なお、本作の音声は全てアフレコで作られている。わざと違和感を抱くようにしており「人が話す声は現場でも録音しており、それがアフレコのガイドになっている。それを聞きながら編集を進めていき、その音をガイドとして、タイミングを合わせてアフレコする。撮影する中でセリフも変わるので、アフレコで声を録る時も参考資料になる」と説く。撮影現場では、役者の上着の中にピンマイクを仕込み、カメラとレコーダーで共に録音している。その他の音も全て別録りしている。かつて、音に関してじっくりと考えている時期があり「ルーツはブレッソンなんです。プレッソンの『抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記より』は全部アフレコ。脱走していくルートが音のレイヤーになっている。例えば、見回りしている車の音や貨物列車の音。刑務所の中にいる時は全部一緒に聞こえてくるけど、その音を乗り越えていく。乗り越えると、この音が聞こえなくなる。劇的なんです。音で演出しコントロールする。そういう余地が音にある」と解説。映像専門学校時代には、映像作家/現代音楽家の帯谷有理さんに師事しており「凄く音にこだわっている人で、色々教えて頂いた」と話し「それ以来、アフレコに取り組み始めて何本か制作し、次第に今の形になっていった。全ての音をコントロールしたい欲求がある。特に様々な音のバランスは、同時録音で賄えない部分があり、アフレコでできることは沢山ある。もっと上手くつくりたい」と現在も励んでいる。また「今ある多くの映画の、リアリズムを軸に置いて価値を持たせて、そこに向かって劇を作っていくという作り方に違和感があり、リアリズムと距離を置いて作っている意図がある。別の側面に価値を持つ映画を作りたくて、それはアフレコで作ることにも関係している」と述べ「アフレコだから、声が大好きな人を選んでいる。声がはまらないと全てのイメージが湧かない。キャスティングで苦労した理由は声を考慮したことも大きいが、基本となる出演者が5人しかいので、納得いくまで時間をかけて選んだ。今回の出演者の声は抜群に良い」と振り返った。

 

編集作業では「アフレコだと分かるように少しだけ違和感があるところを目指し、音に価値を持たせるべく、全ての音をどのようにしてコントロールするか」と考えながら取り組んだ。「基本的にフレーム内の音しか存在しない」というルールを設け、「上下左右から聞こえてくる音は排除したい。その方が画面の中に集中できる。」と拘った。更に「画面内の音を選択していき研ぎ澄ませていく作業をしたかった。実際は音を重ねているけど、映っていて聞こえているはずの音から要らないものを落としていく作業。僕の手垢がついてないといけない」と認識し「足すよりも削っていくことが良い。ブレッソンの影響で、そぎ落とされたものにある美しさに魅力を感じる。それを音でもやりたい」と追求していく。次第に、声の聞こえ方は変化していき「この積み重ねによって最終的には、暗闇の中で言葉が人の体から離れ、それが世界に浸透していく様なイメージが生まれた、実現させたい」と望んだが「沢山の無駄なことがあると言葉が浮いていかない」と苦労を重ねた。「顔が映っていると違ってくる。人称性を剥奪することによって、体から言葉が離れていく。体から離れていき空気に浸透していく言葉があり、それがこの世界を少しずつ変化させているのではないか、という感覚を持っていたことがある」と思い返し「未だに難しいな、と思いながらやっている。暗闇の中で、音を研ぎ澄ませていかないとできない。他のやり方があるのかもしれないけど、画と一緒になって本来あるべき場所から、言葉が離れていく感覚は何なのか、良いことなのか悪いことなのか分からない」と模索は続いている。足音に関しても一歩一歩を別の音として録って組み合わせている。「人の歩き方に合わせて誰かが同じようにタイミングを合わせて歩くシーンを録ればいいが、一つ一つの足音に拘ると上手くいかなかった。逆に、沢山の足音を録って1つずつばらして合わせていくことになるけど、それもかなり大変」と試行錯誤した。「一晩かけて足音を録り続けて切り貼りしても想定通りの音じゃなかった。どうしたら足音が良くなるんだろう」と困惑しながらも「様々な音を別録りして重ねていくと30トラックを超える音のレイヤーになる。映像以上に相当な時間をかけている。相当な執着心を持っていた」と回想する。色彩に関しては最初の段階で「現実で目に見えているカラーから遠ざけたい」と検討したが「白黒ではないしビビットにしていくのも違う。奇をてらったやり方でもない。結局、白黒とカラーの間にしよう」と落ち着いた。現実ではなく「寓話であってほしい」という意味合いが強いが「内面的には現実的な何かと繋がってほしい。全てをあの色に揃えていくのは大変でした」と思い返す。

 

十分な拘りを以て本作を仕上げていったが「今でも作品が完成したと感じる瞬間はない」と告白する。「シーン毎に手応えがある。『これで間違ってない』と全てのシーンにあった。音を入れても、カラコレをしても、これだよな。この映画としては…」と自信があるが「この映画は、台詞が特殊なんです。詩的、哲学的、禅的などとよく言われますが、その台詞をきっかけに、誰かが何かを考える理由にならないかな」と冷静に話す。「実験的な作品づくりだったので、上手くいっている部分と全然上手くいっていない部分があり、見る人によって印象は変わる。ただ、成功したかどうか、は別の話なんです。映画の作り方の部分も含めて、見た人がどう感じるか、それが重要だった」と打ち明け「そういうことによって、誰かに何か変化を与えたい。できた時点でこれで良し、にはならなかった。人に見せた時に様々な感想を頂き、完成という事に近い感覚になったかもしれない」と模索する。「1人でやっていたから、完成の最後のところも全部1人。自分で区切りをつけなきゃいけなかった。撮影も編集も、やり続けていたらいくらでも繰り返せた気もする。ある程度のところで区切りをつけ、時間をかけて納得してやめた。映画が完成した感覚とは違った」と打ち明け「役者と身内を集めて試写をした時に皆から感想をもらい、そこでやっと、何かができたんだな、と感じた。長期間ずっと作り続けていたからという事もあるかもしれない。編集も時間をかけて何度も観て、別に仕事もしながら1年ぐらいやっていましたから」と感慨深い。既に東京の劇場で公開されており「今までに無い映画体験」「セリフが引っかかり、ずっと考えちゃいました」「圧倒的に美しい映像と音響」「この言葉に考えこんでしまい、後の言葉が全然入ってこなかった」「時間とか空間が心地よい」「自分が見た東京と違っておもしろかった」「自分の過去を引きずり出される稀有な作品」と賛否含め多種多様な意見を頂き、達成感は大きく得られている。

 

映画『私はどこから来たのか、何者なのか、どこへ行くのか、そしてあなたは・・・』は、8月5日(土)より大阪・九条のシネ・ヌーヴォで公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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