ドキュメンタリーは、意図せずして撮ったシーンによっておもしろくなっていく…『落語家の業』快楽亭ブラックさんと榎園喬介監督を迎え舞台挨拶開催!
立川談志さんの弟子であり、過激な芸風で根強い人気を誇る落語家の快楽亭ブラックさんを追ったドキュメンタリー『落語家の業』が1月9日(金)より関西の劇場でも公開。1月10日(土)には、大阪・十三の第七藝術劇場に快楽亭ブラックさんと榎園喬介監督を迎え、舞台挨拶が開催された。
映画『落語家の業』は、落語家の快楽亭ブラックさんの生き様を描いたドキュメンタリー。落語界のカリスマである立川談志さんの弟子であり、彼が残した名言「落語とは、人間の業の肯定である」を体現するかのような破滅的な生活と過激な落語で知られる快楽亭ブラックさん。メディアへの露出は限定的でありながら、長年にわたり根強い人気を集めてきた。コンプライアンスが厳しい現代、もはや二度と現れないかもしれない芸人らしい芸人であり、すべての出来事を笑い飛ばすその了見は、息苦しい現代を生きる術でもある。1952年に米軍兵士と日本人女性との間に生まれたブラックさんは、差別から逃れるため、幼少期から多くの時間を映画館の闇の中で過ごした。1969年に立川談志に入門するが、師匠のお金を競馬に使ったことが発覚して破門される。1979年に談志門下に戻り、1992年に二代目・快楽亭ブラックを襲名し真打昇進するも、2005年に借金2000万円が発覚して落語立川流を自主退会。その後も過激な落語で人気を集める一方、歌舞伎や日本映画への造詣から、評論家・脚本家としても活動している。映画祭の主宰や映画館の運営を経て映画制作を行う榎園喬介さんが監督を務めた。活動弁士の坂本頼光さんが語りを担当している。
今回、上映後に快楽亭ブラックさんと榎園喬介監督が登壇。満員立見状態の中で賑やかな舞台挨拶が繰り広げられた。
TVドキュメンタリーで快楽亭ブラックさんに関する企画を断られた後に、榎園監督が本作をオファー。取材を始めていく中で「”名古屋時代”は特別だな」と察し、映像を入手しようと動いていた中で、とある出来事に遭遇してしまう。その後も関係者への取材を周りながら、一旦は、コロナ禍の前には完成させていた。だが、コロナ禍真只中となり、配信での公開にしようとした矢先に、別件で訴えられる事態に。監督としては「ドキュメンタリーは、意図して撮ったものがおもしろくなく、意図してなかったものを使っているのは”そういう映像”で…」と述べながら「裁判について盛り込まないと古くなっちゃうので、全く違った映画になった」と明かす。本来は、”社会不適合者の主戦場”をテーマに何人かの落語家への取材を模索していたようだ。その後、裁判に遭遇ししたことで、コンプライアンスをテーマに編集することに。とはいえ、世の中におけるコンプライアンスは厳しくなる一方であり、作品にするのは難しくなったようだ。しかし、快楽亭ブラックさんとしては一切関知せずの状態であった。

なお、裁判の訴状に関してはここでは一切書かないでおく。榎園監督は、共犯者として訴えられており「立ち位置が難しかったですね。撮りながら、訴えられた当事者になり、裁判所で一緒に被告席に座っている」と当時を回想。取材を進めていく中では、快楽亭ブラックさんと仲良くなっていく中で、様々な相談を受けるようになり「辞める、と言った時、僕はどうしたらいいんだろう、と…でも、撮る立場であれば良かったんですけど、心情的に引き止めていたんですけど、立ち位置が難しかったですね」と漏らした。

また、快楽亭ブラックさんは、1993年にピンク映画『絶倫!! 好色一代』[『ニッポンの猥褻』改題版]に出演したことがあり、数年前に東京・阿佐ヶ谷のラピュタ阿佐ヶ谷でレイトショー上映されている。「30年前の拙い演技でお客さんに馬鹿にされるんじゃないかな」と危惧したが「私がアップになった途端にお客さん大爆笑で。瀬々敬久が脚本なんですけど、脚本通りのセリフなんか一言も言っていないんです。全編アドリブ。私の小さいギャグを全部お客さんが拾ってくれて、すごく楽しかったですね」と喜んだ。今作についても「映画を観て皆さんが大笑いしてくれたり、有馬記念のシーンで拍手をしてくれたり」と伝え聞き、安堵している。
映画『落語家の業』は、関西では、大阪・十三の第七藝術劇場、京都・烏丸御池のアップリンク京都、神戸・元町の元町映画館で公開中。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
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