暗部も含めての偉業だったことをしっかりと観ていただきたい…『てっぺんの向こうにあなたがいる』阪本順治監督に聞く!
 
                                        女性初のエベレスト登頂者・田部井淳子の『人生、山あり“時々”谷あり』を原案に、1975年に世界最高峰制覇を果たした女性が、余命宣告を受けながらも山に挑み続ける姿を描く『てっぺんの向こうにあなたがいる』が10月31日(金)より全国の劇場で公開。今回、阪本順治監督にインタビューを行った。
映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』は、吉永小百合さんの124本目となる映画出演作で、女性で初めて世界最高峰エベレストの登頂に成功した登山家の田部井淳子さんをモデルに、人生のすべてを懸けて“てっぺん”に挑み続けた女性登山家の姿を描いたドラマ。1975年、エベレスト日本女子登山隊の副隊長兼登攀隊長として、世界最高峰エベレストの女性世界初登頂に成功した多部純子。その偉業は世界中を驚かせ、純子自身や友人、家族たちに光を与えたが、同時に深い影も落とすこととなった。登山家としての挑戦はその後も続き、晩年には闘病生活を送りながら、余命宣告を受けた後もなお、純子は笑顔で周囲を巻き込み、山に登り続けた。キャストには、田部井淳子さんをモデルにしたキャラクター、多部純子を演じる吉永さんのほか、夫の正明役に佐藤浩市さん、エベレスト登頂の相棒で純子の盟友である北山悦子役に天海祐希さん、青年期の純子役にのんさんが名を連ねる。吉永さん主演の『北のカナリアたち』でもメガホンを取った阪本順治さんが監督を務め、13年ぶりに吉永さんとタッグを組んだ。
実在の方に関するノンフィクションを映画化するにあたり「誰かを傷つけることはあってはならない」と率直に話す阪本監督。今回、田部井淳子さんが書いた本を何冊も読み「エベレスト登頂を果たした後の女子団体との関係についてもしっかりと赤裸々に書いていらっしゃる。その部分についても外さずに描きたいからこそ脚本を書いてもらった」と明かし、ご家族の方に読んでもらった時も「託します」と承諾をいただき、作品作りの支えになった。「ご本人も家族も無かったことにしているのだったら、描けない。事実や息子さんとの関係性も全て赤裸々に書いてあるなら、オブラートに包まず描いていいということになる」と受けとめ「単純な山岳映画、偉人の伝記映画といっただけの件なら、僕が監督するには物足りなさを感じる。暗部も含めての偉業だった、ということは知らない人も多いからこそ、しっかりと観ていただきたいな」と願っている。
田部井さんとお会いしたことがある吉永さんについて「(田部井さんとは)似たものを感じていた、と思うのです。書物で生き方を読み、彼女を背負いながら演じていらっしゃるけど、自然体に見える時が多々あった」と説く。監督自身は、田部井さんと会ったことはなかったが、カメラの傍で吉永さんの演技を見ながら「(田部井さんとは)お転婆っぽいところは一番似ている。負けず嫌いで言い訳もせず、何者にも染まろうとしていない。鋼の心臓がある」と感じながら「もしかしたら、田部井淳子さんはこういう人だったんじゃないかな」という錯覚を覚えたことは何回もあったようだ。
夫にあたる方を佐藤浩市さんが演じており「(佐藤さんに)気持ちの説明をしているわけじゃない。どういう立場で支えてきたか、といった役柄を彼は作り上げてきている。最後まで支え通すことが明確になっている」と述べ「2人とも大ベテランですから、撮影しながら役を作り上げていく、というよりも、現場が始まった時には、ある種の夫婦のイメージがついていたと思います」と話す。とはいえ、現場では、佐藤さんは緊張していたようだ。
青年期の純子役を演じたのんさんは、9年前に高崎映画祭で『この世界の片隅に』に関して受賞し、『団地』で受賞した阪本監督も登壇した際に初めて会話をしていた。その後、日本映画プロフェッショナル大賞で『さかなのこ』に関して受賞し、『冬薔薇』で受賞した阪本監督も登壇。これらの機会に、素の状態であるのんさんの姿を見ており「スクリーンの中の彼女じゃない。演じていない彼女の佇まいがあった」と記憶していた。「青年期は誰をキャスティングしますか」と問われた際に思い出し、のんさん一択で即答。なお、坂本龍一さんによる東日本大震災復興支援プロジェクト〈東北ユースオーケストラ〉を通じて、吉永さんとのんさんは詩の朗読を披露しており、お互いに素の状態を存じていたようで、吉永さんからは「私もそうだと思っていました」と反応をいただいている。のんさんについて「奔放に自在に生きる様や、ある種の自由度が田部井淳子さんと共有できることもあるだろう」と察しながら「のんさんがいいな、と思っていたら、次第に、デビュー当時の顔にも似ているじゃないか、と思うようになった。 田部井淳子さんがそもそも持っている気質は、吉永さんものんさんも理解していた。そして、自分らしく演じてもらえれば、田部井さんと繋がってくれるだろう」と考えていた。
息子の田部井進也さん役は若葉竜也さんが演じており「彼が今まで出てきた作品は、ナイーヴな役がほとんどですね。今作のように、 喜怒哀楽をはっきりさせるのはご自身としても珍しかったようで、喜びとして語ってくれた」と明かすと共に「大衆演劇の一座の中で育った子どもでありますから、父親と比べられたり、父親に対する反抗があり劇団を飛び出したりしたことがあった。田部井進也さんと似つかわしい経験もあるわけです。だから、台本の読み取り方も自分の実体験に置き換えてやった、といったようなことを進也さんと喋っていました」と振り返る。
クランクインした日には、病院の診察室でがん宣告を受けるシーンがあり「病気になったからといっても、病人にならなきゃいけないわけじゃないよね」という田部井さんが実際に話した台詞を受け「夫婦のあり方でうまくいった」と手応えを掴んだ。事前に医師から癌の容態等が説明されたカルテを夫が読んでいた中で、この台詞を受けており「佐藤浩市は、カルテを後ろにぱっと隠して、ご飯でも行きますか、と話しかける。こんな風に考えて演じられるのが素敵だ、と思う。自分も落胆しているけど、一回忘れてみる…動揺しながら平静を保っている時の小道具の扱いなど、昔からやっていますよ」と評した。
エベレスト登頂シーンについては、実際にエベレストまで行くことは出来ず、立山黒部アルペンルートの最高地点に位置する室堂で撮影を実施。人が入っていないエリアで様々なスポットを探していった。頂上からの画もあるので、空の抜け方も考慮して撮影できる場所を探索している。登頂した際の国旗を持った際の背景について、山の稜線は実際の写真通りにスコップを使用して形作ったり、足跡の形を考慮したり、扇風機を用いて旗のはためきを作ったりしており「やれるなら、やった方がいい。実際の映像だと間違えられるようなクオリティまで上げた」と自負するが「カメラの後ろ側は崖っぷち。そんなに安全な場所でやってないんです」と明かす。実際、CGを使用している箇所はあるようだが、のんさんには登山では難儀する場所に登ってもらっており「様々なシーンを1日だけでは撮り切れないので、4日間の行程にした。4日目に吹雪いたんですが、吹雪の画を撮れることはラッキーだ、と思うしかない。物凄い吹雪となり、ガイドさんや田部井進也さんにも付き添ってもらい、アドバイスを頂いた」と振り返り「4日間で青空でも撮れたし、どんよりした雲の中でも撮れた。吹雪も撮れたから、田部井淳子さんがそんな風にしてくれたのかな」と感謝している。
「東北の高校生の富士登山」については、実際に現場を撮らせてもらった。頂上から顔が分からないようにして撮っており、その映像が使用されている。また、大学の山岳部や山登りに慣れていない方達も含めた30人程度によるエキストラの方に参加してもらった。そして、10人程度のスタッフが山小屋に5泊しており、監督としても「撮影がうまくいき、全員が安全に下りるまでは気を揉んでいた毎日でした」と告白する。なお、2年前、脚本が完成していない頃、監督自身がガイドを1人つけてもらった上で富士登山にチャレンジしており「8合目で高山病になった。ドクターから、やめた方がいい、と言われた。でも、もうちょっと頑張ります、と伝えたが、9合目の途中から、引き返した。何度こけたか分からない」と打ち明けるが「頂上から撮らなきゃいけない、というミッションがあるから、去年は頑張り、物凄く時間がかかりましたけど、やっと頂上まで行くことができた」と安堵した。TVのニュース等で報道される映像を見ていたことから、登ることができると思っていたが「TVで映しているのは吉田ルートで、一番長いけど容易なルート。登ったのは富士宮ルートで一番の直線ルート、高校生達がコースにしている」と述べ「将来的に富士山登る予定はなかった。このためにスクワットを1日400回やりました」と明かした。
完成した作品は、世界各地の映画祭で上映されている。その中で、サン・セバスティアン国際映画祭には、『顔』以来に25年振りに招待いただいた。かつては、スタンディングオベーションだけでなく、シアターを出た際のロビーで観客が花道を作り、拍手をいただいた経験がある。今回は、ロビーがないシアターだったが、お客さんが360度を囲って拍手をいただく状況となり、喜んだ。地元から幅広い世代の映画ファンが来場しており、中学生らのグループから好反応を受け取り「この映画で、高校生たちの有り様を見て、多少共有できることを感じてくれたのかな」と受けとめている。映画祭には若葉竜也さんと田部井進也さんも参加しており、現地の雰囲気を満喫したようだ。
映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』は、10月31日(金)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・梅田のTOHOシネマズ梅田や、心斎橋のイオンシネマシアタス心斎橋やkino cinema 心斎橋、難波のTOHOシネマズなんば、京都・二条のTOHOシネマズ二条や三条のMOVIX京都や九条のT・ジョイ京都、兵庫・神戸のkino cinema 神戸国際等で公開。
 
                        - キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
- 最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!
 
    
















