伝えるべきことがあるのなら、最大限に取り組んでいく…『揺さぶられる正義』上田大輔監督に聞く!

2010年代に相次いだ、揺さぶられっ子症候群で逮捕・起訴され、裁判の結果無罪となったものの、加害者のレッテルを貼られた人々との対話を通して、報道側の暴力性や司法とメディアのあり方を問う『揺さぶられる正義』が9月20日(土)より全国の劇場で公開されている。今回、上田大輔監督にインタビューを行った。
映画『揺さぶられる正義』は、多くの冤罪を生んだ「揺さぶられっ子症候群」事件を追ったドキュメンタリー。文化庁芸術祭賞優秀賞など数々の賞を受賞した関西テレビ製作のドキュメンタリー「検証・揺さぶられっ子症候群」シリーズをもとに、新たな取材と視点を加えて映画として完成させた。2010年代、赤ちゃんを激しく揺さぶり脳に重度の損傷を負わせる「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome=SBS)」の疑いで、親などが逮捕・起訴される事件が相次いだ。マスコミでも大きく報じられる中、幼い命を守るという使命感のもと診断にあたる医師たちがいる一方で、刑事弁護人と法学研究者による「SBS検証プロジェクト」が立ち上がる。プロジェクトのメンバーは無実を訴える被告と家族に寄り添い、事故や病気の可能性を徹底的に調査。「虐待をなくす正義」と「冤罪をなくす正義」は激しく衝突し、やがて無罪判決が続出する前代未聞の事態へと展開していく。監督は、関西テレビに企業内弁護士として入社した後、刑事司法の問題に向き合うべく報道記者に転身した上田大輔さん。8年間にわたりSBS事件を追い続けた上田監督が、事件の加害者とされた人物や家族との対話を重ね、報じる側の暴力性というジレンマに苛まれながらも、司法とメディアのあるべき姿を問いかける。
2017年の4月、映画『Winny』に登場した著名な弁護士である秋田真志弁護士が、揺さぶられっ子症候群(SBS)について話す講演会を知った上田さん。SBSに関しては、ニュースでの報道レベルでしか知らず「新しい展開があるのかな?取材のヒントにもなるかもしれない…」という興味を持って伺うことに。すると”日本でSBSに関する冤罪が次々に生まれています。 専門医による診断の根拠が疑わしい。 海外では見直しが進んでいるが、日本では全く紹介されてない。このままでは大変なことになる”という驚くべき内容を知ることになった。「日本の刑事司法には問題がある。実際に取材したい」と思い弁護士から報道記者に転身した上田さんは「これこそ、目の前で起こっている出来事だ。この取材をしないと、記者になった意味がないな」と確信。「絶対に取材をしよう」と決意する。当時の上田さんは、乳児の育児もしていたが「育児で色々とイライラすることがあったとしても、首が座っていない子を1秒間に3往復も揺さぶるのは変だな。自分では絶対しない行為だな」と違和感があり「しっかりと取材をしていく必要があるんじゃないか」と考え、取材を始めた。
まずは「当事者に話を聞いていかないと取材にならない」と感じ、様々な方への取材をすることに。とはいえ、いきなり伺っても取材に応じてもらえないので、弁護士の方に「今取り組んでいるSBS事件の当事者から話を聞かせてもらえませんか」と依頼。当事者との打ち合わせに同席をさせてもらうことにした。だが、逮捕報道をされている方が当事者であるため「メディアは何故そのようなことを報じる必要あるんですか?実名で顔を出して、言ってもいないことを報じるんですか?こちらの言い分を全然聞いてもいないのによく報道ができますね?」と言われ、メディア不信がある状況の中で取材を始めることが大変だった。最初に上田さん自身が報道記者になった経緯を伝えた上で、少しずつ相手との距離感を縮めながら信頼いただけた方にカメラも含めた取材を受け入れてもらっている。当初、遠方取材でのカメラマンの帯同を許されず、自身でカメラを回すこともあった。「ドキュメンタリーで伝えたいといった気持ちはあったが、撮影に関するノウハウがほぼなく、画のイメージもない中で夢中で撮っていた」と明かす。作中の後半あたりになると、自身の撮影ノウハウも増えていったという。「私の撮影技術に関する8年間の変遷も見ていただけるんじゃないか」と話す。
また、SBSを検証する上で重要になってくるのは、医師の存在だ。だが、医師は、基本的に患者を治療することが仕事である。虐待か事故かを見抜くことは、本来の仕事からは離れたところにあり、児童虐待を詳しく研究している医者は少ない。SBS検証プロジェクトは、日本の医学界におけるSBSの通説に疑義を掲げる医者がほぼいない時点からスタートしており、議論を呼びかけるシンポジウムを頻繁に開催。国外から医師を招聘し、関心を持つ医者も少しずつだが増えていき、弁護側に協力してくれる医師も登場していく。
8年間にわたる取材の中で、無罪判決を見込んでいた事件で有罪判決が下された時のショックは大きく「無罪判決を想定したニュースの準備をしていた中で、有罪判決だった時は、社内からも冷たい目で見られた」と漏らす。「傍聴席で有罪判決を聞いて、呆然としたことはよく覚えています」と振り返る。番組企画が通っていたドキュメンタリーは「良い時間帯での放送は見送られ、のちに深夜での放送に戻った」という。だが「有罪判決には疑問を示す番組を放送しました。無罪が確定しないと番組にできない理由もない。取材によって伝えるべきことがあるのなら、その時点で最大限伝えるべきと思った」と明かす。今回の映画でも同じ考えが貫かれている。
TVと映画の違いについて聞くと「TVは離脱されることを恐れるあまり、チャンネルを変えられないようにするため、分かりやすさが重要視される。ナレーションやテロップが増え、最初の盛り上がりはアバンタイトルで見せる、といった構造になっている」と。映画はCMもないので、暗闇の中で没入して見てもらえるといったイメージがあったという。最初の編集では4時間弱もある作品になってしまい、プロデューサーや配給会社の方からは「2時間9分台を目指してくれないか」と言われてしまう。苦しみながらも再編集を重ねた。当初は、ナレーションを入れる予定はなかったが「私自身が最初から水先案内人として登場して最低限のナレーションを読もう」と考えたという。
完成した作品について、試写を実施していく中で「没入感を持って観てくださっているな」。普遍的なものが描けた作品になったのかも。刑事司法やマスメディアについて描いただけでなく、人間の生き様、人が人を裁くこと、人がどのように信じ、どのように疑うべきか、といったことも考えてもらえるかな」と自信を覗かせた。現在も、大阪で行われている大きなSBS裁判の取材を引き続き行っており「ニュースでもしっかりと伝えていきたい。ここまで取材しているので、しっかりと見届けていきたい」と今も取材に取り組んでいる。
映画『揺さぶられる正義』は、9月20日(土)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・十三の第七藝術劇場、京都・烏丸の京都シネマ、神戸・元町の元町映画館で公開。

- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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