映画は皆で頑張っていると奇跡みたいなことが起こり映っている…『市子』杉咲花さんと戸田彬弘監督を迎え舞台挨付き先行上映会拶開催!
プロポーズをうけた翌日に失踪した恋人の市子を捜す男性が、彼女の半生を辿っていく中で市子の壮絶な過去を知っていく『市子』が12月8日(金)より全国の劇場で公開される。12月5日(火)には大阪・なんばのTOHOシネマズなんばに杉咲花さんと戸田彬弘監督を迎え舞台挨拶付き先行上映会が開催された。
映画『市子』は、『僕たちは変わらない朝を迎える』『名前』等の戸田彬弘監督が、自身の主宰する劇団チーズtheaterの旗揚げ公演として上演した舞台「川辺市子のために」を、杉咲花さんを主演に迎えて映画化した人間ドラマ。川辺市子は3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則からプロポーズを受けるが、その翌日に忽然と姿を消してしまう。途方に暮れる長谷川の前に、市子を捜しているという刑事の後藤が現れ、彼女について信じがたい話を告げる。市子の行方を追う長谷川は、昔の友人や幼なじみ、高校時代の同級生など彼女と関わりのあった人々から話を聞くうちに、かつて市子が違う名前を名乗っていたことを知る。やがて長谷川は部屋の中で1枚の写真を発見し、その裏に書かれていた住所を訪れるが…
過酷な境遇に翻弄されて生きてきた市子を杉咲さんが熱演し、彼女の行方を追う恋人の長谷川を『街の上で』『愛にイナズマ』の若葉竜也さんが演じる。
今回、上映前に杉咲花さんと戸田彬弘監督が登壇。大阪に縁のある2人による和やかな舞台挨拶が繰り広げられた。
大阪でも撮影された本作について、杉咲さんは「個人的にも、大阪は大好きな場所なので、今日を楽しみにしてきました。皆さんにどんな風に映画を受けとめて頂けるかな」とドキドキしている。戸田監督は、今回の機会を嬉しく思いながらも「大阪という街は、笑いにとにかく厳しい街だと思うんですけども。全く笑いのある映画ではないんですけども。作品に対しての良し悪しがハッキリされている方が多い街だな。一番プレッシャーを感じるので恐いな」と謙遜していた。
今から3年前、杉咲さんは、NHK連続テレビ小説「おちょやん」の撮影で約10ヶ月は何度も東京と大阪を往復しており「新大阪駅が印象深い」と挙げ「最初の緊急事態宣言が明けた直後の撮影だったので外出できなくて。どうしても大阪の雰囲気を味わって帰りたくて、新大阪駅の改札に入って、アスパラ串カツ10本とうどんを梯子して食べて帰るのがお決まりでしたね」と明かす。近畿大学に通っていた戸田監督は「TOHOシネマズなんばは、頻繁に観に来ていた映画館。東大阪と難波を行き来して映画を観ていたので、原点だな」と印象深い。なお、TOHOシネマズに対して”遠い存在”という感覚があり、感動している心地だ。
撮影は、コロナ禍でオミクロン株による感染が激しかった時期に行われており、一般の居住地等は撮影許可が下りにくく「団地は東大阪という設定で台本は書かれていますが、和歌山市での撮影許可を得て、和歌山市を東大阪市に見立てて撮っているので、大阪の方々は『違うやろ。そんなとこ無いぞ』と思わずに受け取ってくれると嬉しいな」と戸田監督はお願い。とはいえ、設定が2015年であるシーンでは、和歌山と設定し、実際に和歌山市と海南市で撮っている。大阪での撮影については「松原のイズミヤが出てきます」と挙げ「近鉄電車を撮りたかったんですけど、難しくて。南海電車の天下茶屋駅から走っている電車に杉咲さんが乗っていらっしゃいます」と紹介。今回、ロケハンにも杉咲さんは参加しており「一緒に参加させてもらうことは初めての経験だったんですけども、特別な機会を頂いたな」と感慨深く「市子が暮らしてきた場所にクランクインする前に見てふれることで、イメージが湧く部分が大きく、何をする訳でもなくとも、ここにいる時間を大事に過ごしたいな」と思いがあった。美術部スタッフとの打ち合わせを意図するロケハンに参加してもらっており、戸田監督は「出来る限り役にとって歴史があるだろうロケ地は俳優さんも一緒に見た方が、役作りのヒントとしても重要なんじゃないか」と考えており、クランクインより早く和歌山に入れた機会に「もし観たいのであれば、一緒に行きませんか?」と提案している。良き機会を経て、杉咲さんは「(役に対する意識が)変わっていたらいいな。直接的に画に映るものではなかったとしても、市子が過ごしてきた時間を味わうことが、自分にとって必要な気がした。美術部さんが、キッチンが市子の城であることを教えて下さった。そういった言葉からもヒントを頂いたり、本棚には様々な本があり『こういう本を読んで市子は時間を過ごしてきたのかな』と思って読んでみたりして、気づかないところで作用していたらいいな」と受けとめていた。
原作となった戯曲「川辺市子のために」は、戸田監督自身が書いており「東大阪の団地を舞台にした物語です。市子は、ある境遇を背負ってしまった女の子です。現在でも同じような境遇を背負って懸命に生きている方はいらっしゃいます。僕等が生きている時代や世界と観て頂く世界が重なるようにしていきたい。具体的に、どこかにおられる人の話なんだな、と感じ取って頂きたい。標準語だとニュートラルなものになってしまうので、方言でやりたかった。関西弁という僕に縁のある言葉で作りたい、という思いで拘りました」と説く。杉咲さんは「おちょやん」でも関西弁を使っており「関西弁をとても愛おしく思っています。また話せる機会があったことが凄く嬉しい」と純粋に喜んでいる。戸田監督は、「おちょやん」の方言指導に携わった方の知り合いからの噂で「こんなに耳が良い女優さんは初めて見た。方言指導が要らないぐらい完璧」と聞き「新しい台詞を渡した時、台本に怪しい印をピッピッピってつけるんです。1回だけ喋っただけでも『OKです』と言われ、録音についても『大丈夫です』と言われるぐらい完璧です。普通、そんなことはあり得ないので、凄いんですよ」と絶賛。杉咲さんは謙遜しながらも「1年以上かけて教えて頂いたんです。コツを掴むまでは物凄く時間がかかりました。こんなにも難しいんだぁ、イントネーションを覚えることが。自分にとっての大きな壁だったんです。次から次へと出て来る言葉を記憶していくことは凄く難しいことだったので、台詞の横に音の抑揚を矢印で書いて覚えるのが向いている、と気づいて覚えやすくなりました」と明かした。
なお、戸田監督は、一番好きなシーンについてネタバレを避けながら「市子の台詞がほとんどなく、長い時間をかけて重たい行動するシーンで、市子が飼っている文鳥が鳴き出す。市子の気持ちにリンクしたのか、急に10秒以上も鳴き始めたのがそのまま映っています」と挙げ「映画は不思議なもので、皆で頑張っていると奇跡みたいなことが起こり映っている。大事なシーンで鳥まで一緒に演じてくれたな」と感慨深げだ。だが、杉咲さんは「その時は、市子として起こす行動や目の前のことで精一杯だったので、鳥が鳴いていることには気づきませんでした」と正直に話した。既に映画祭等で本作は上映されており、杉咲さんは「市子が実在している人物のように捉えて下さる方がけっこういました」と紹介し「私は、この映画は自分達の暮らしの地続きの所にいる人達の話だと思っているので、物語の中の人として、だけではなく、近くにいる人のように捉えてくれたのは嬉しいことだな」と実感。戸田監督も「市子がそばにいるような気がする。街ですれ違っていたんじゃないか、と思ってしまう」という声や「フィクションだけど、ドキュメンタリーを1本観たような感覚がある」という声を取材時に聞いており「こういう境遇の方が今もおられるので、観て頂いたお客様が、映画というフィクションとの距離感ではなく、自分が生きている現実で身近にある問題だということを持って帰って頂けているのかな」と期待している。
最後に、杉咲さんは、本作の取材を受けていく中で「市子を演じた時間は苦しかったんじゃないですか?」と聞かれたことを挙げ「自分にとっては、その一言では表しきれない、とんでもなくかけがえのない時間を過ごしたなぁ」と思っており「外側から人を見た時に感じる状態や心境は、必ずしも本人に当てはまるとは限らないんだな、と考えさせられた。私は、市子のことが可哀そう、とは言い切れず、自分個人が、嬉しいことや悲しいことを全て他者に知ってもらうことが出来ないように、その人にしか分からないことがあると思っています。そういうことを想像することが他者と関わっていくことなのかな、と『市子』に関わって考えさせられました。皆様がどのように市子という人物を受けとめて下さるのか、興味があります。自分の生活に置き換えてみて、隣の人の話だと思って、この映画を観て頂けたら嬉しいです。自分にとって特別な作品になりました」と思いを込めていく。戸田監督は「この映画は、彼女(川辺市子)の主観が出てこないんです。彼女と関わったキャラクター達が彼女について話していくことで構成が作られているので、様々な人から見た彼女の姿が立体的になっており、輪郭を持っていく構成になっています」と述べ「想像することは大切なことです。客観的に観られた川辺市子、という抗えない境遇を背負った女の子がこうするしか生きてこれなかった、という行動を知っていって頂ける。その行動を踏まえた上でも、彼女のことをどういう風に最後に感じ取って頂けるか、この映画の中で一番大切なことかな、と思っています。ラストの市子をどういう風に皆さんに思って頂けるか、お預けするラストを作ったので、どういう風に持って帰って頂けるか、大事にして頂けたら。同じように、周りにいる大事な人や友人や家族をもう少し深く見つめてみるきっかけになれば嬉しい」と思いを込め、舞台挨拶は締め括られた。
映画『市子』は、12月8日(金)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・梅田のシネ・リーブル梅田や難波のTOHOシネマズなんば、京都・烏丸御池のアップリンク京都、神戸・三宮のシネ・リーブル神戸等で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
- 最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!