他者との境界線の淡さや、家族に対する大きな捉え方が撮れた…『絶唱浪曲ストーリー』川上アチカ監督に聞く!
浪曲師の港家小柳さんが弟子の港家小そめさんに継承していく様を追ったドキュメンタリー『絶唱浪曲ストーリー』が関西の劇場でも7月7日(金)より公開される。今回、川上アチカ監督にインタビューを行った。
映画『絶唱浪曲ストーリー』は、浪曲師の港家小柳さんに弟子入りした新人浪曲師の成長を通して浪曲の魅力を追ったドキュメンタリー。独特のうなり声、節回し、キレのよい啖呵(たんか)、そして曲師の三味線との絶妙な掛け合いで見る者を魅了する浪曲。伝統あるこの世界にも平成生まれの浪曲師や曲師が育ち、女性の演者が増えた。芸豪と称される港家小柳さんの芸にほれ込み、浪曲の世界に飛び込んだ港家小そめさんもそのひとりだ。小柳さんに弟子入りした小そめさんが、晴れて名披露目興行の日を迎えるまでを、曲師の玉川祐子さん、沢村豊子さんといったレジェンドたちの芸が若い世代に継承されていくさまを捉えながら、カメラが記録していく。2015年に港家小柳を追ったドキュメンタリー『港家小柳IN-TUNE』を発表した川上アチカ監督が、8年の歳月をかけて完成させた。
2014年、映像作家のヴィンセント・ムーンが世界中で音のルーツを探す旅を始め、様々な国の小さな村で受け継がれている民謡の歌い手や宗教儀式の祈りに注目し撮影していた。「日本でも魂を震わせるような音を撮りたい」と望み、川上監督はリサーチを担当。友川カズキさんのLIVEに行った際に、ファンから浪曲をお薦めされ、港家小柳さんを紹介され、舞台を観にいってみると「素晴らしかった」と大いに心を揺さぶられてしまう。その佇まいから「40年も旅芸人を営んでいたことによる凄みが立ち姿にも表れていた。浪曲も他の方より段違いに凄かった。登場人物が生きた時代に連れて行ってもらえる」と感動した。そこで、ヴィンセント・ムーンが来日中に撮影できるように算段していたが、小柳師匠が病に倒れてしまい、復帰した頃には撮影のタイミングを失ってしまう。当時、芸歴69年の記念会が迫っていた中で、誰も撮ろうはせず「もったいなさを感じた。芸の記録を残しておきたい」と短編ドキュメンタリー『港家小柳IN-TUNE』を制作した。だが「いくら撮っても、小柳師匠の芸を思った通りには撮れない。生身の芸をそのまま観ることが一番芸の素晴らしさが分かる。完璧に感動と共に映像に残せない」と納得できず、ジレンマを抱えてしまう。「小柳師匠を違う形で芸を映像に残せないか」と思いを巡らせていく中で「小柳師匠がお弟子さんに教えていく稽古の中に、小柳師匠の浪曲が立ち上がって来るんじゃないか」と気づき、撮影を続けることに。
『港家小柳IN-TUNE』を制作した際は、生身の芸を撮らせてもらっており「小柳師匠にお返しできないと、盗み取るようなものになってしまうので良くない。作品として成立していない。一席を撮っているだけなので、未熟な出来ではあるけれど、御存命で元気な時に世に出せば、引っかかった方が木馬亭に来てくれることになれば良い」と考えていた。そこで、『DOMMUNE』で浪曲番組を2本制作したり、劇場公開したりすると共に、友川カズキさんと共演する会も開催し「小柳師匠としては、お客さんを連れてきてくれる人だと思って頂けた」と納得している。本作の撮影中は「透明人間のようになれたらベストな状態」と認識し「1人なので、受け入れてもらう必要があり、どうしたらいいかな」と検討。すると「若手の人達は寄席の現場で師匠方に土下座して挨拶を回っている」と気づき「私もやればいいんだ」と実践していく。同じように挨拶していき「若手の一人のような感覚として捉えてもらえないか。小そめさんが傍にいる距離感を、私と小柳師匠の間にもあってほしい。人と人との境界線の淡さをどうやって表現できるのか」と見極め、撮影していった。
「小柳師匠の芸をもっと撮りたい。相手が語る物語をどう拾えるか」と模索していく中で「自分が想像した通りには人の人生は進まない。突然いなくなってしまうこともある」と実感。小柳師匠が舞台を降りることになり、小そめさんと同じように悲しく寂しくなりながらも「お稽古を撮らせてもらうようになり、小そめさんは入門1年目だったので、浪曲や小柳師匠に対する思いと私の思いが重なるところがある」と気づき、自然な形で小そめさんに自信の気持ちをのせていった。そんな中で小柳師匠が倒れてしまうが「玉川祐子師匠に小そめさんを引き継いでいくことが自然に起きていった。それを自然に受け入れていった」と冷静に振り返る。そして、小そめさんの名披露目(なびろめ)興行を撮り終え「これで撮り終えたなぁ、と思った。祐子師匠と小そめさんの猫への餌やりのシーンを撮った時、家族の在り方が近所の猫にまで広がっていた。他者との境界線の淡さや、家族に対する大きな捉え方が撮れた」と大いに手応えがあった。
編集段階になり、最初は川上監督自身のみで取り組んでいく。まずは11時間にまとめ、次に7時間になったが「その時点では群像劇の状態。そこから、どうしたらいいのか分からなくなった」と困惑。以前、山形ドキュメンタリー映画祭の藤岡朝子さんが主宰する「ドキュメンタリー道場」という若手を育てるレジデンスに参加したことがあり「メンターが生徒に答えを言わないが、引き出すディスカッションに参加できたことが大きかった」と有益な経験を以て、3時間までまとめ、2時間の作品にまで至った。そこで、編集者の秦岳志さんが参画し、再びゼロから骨組みを立てていく。「自分でも、2時間の作品が出来ているのに、初めて編集者と組むのは恐ろしかった。期待と同時に心配もあった」と打ち明けながらも「最初に秦さんによる骨組みを見た時は驚いてしまった。私が大事にしていたことが一つも入っていなかった。港家小そめという女性が師匠に弟子入りしたが、途中で師匠が病に倒れ、玉川祐子師匠と共に立て直していくストーリーの骨組みだけが残っていたが、大事にしていたシーンが全部抜け落ちていた」と驚愕。「これだと、単なる浪曲のドキュメンタリーでしかない。浪曲を題材にした人間ドラマにしたいのに」と喧嘩になりそうな勢いで秦さんに連絡したが「私が何を大事にしているのか引き出すために、まずは骨組みだけを見せていた」と気づかされた。「筋肉となる部分としては何が抜け落ちているのか」と一緒に検証しながら、秦さんの意見を取り入れていき「秦さんの経験に基づく掌の上で私が転がされていた。そこから、細かく1つ1つのシーンが成立しているのか丁寧に検証して頂いた」と感謝しながら、時間や労力が要る作業を経て作品が仕上げていく。「これ以上ないところまで辿り着いた。自分が納得できるところまでやって下さった。技術者の方がそこまですることはない」と実感しており「私にとっては8年かけて制作した作品ですが、技術者の方は、時は金なり、で動いている。私の作品なので、時間では計れない、という考えは甘い。限られた条件でベストを尽くしている」と身につまされた。
完成した本作について、小そめさんに観てもらい「自分が良い人として描かれていて恥ずかしい。私は魅力的な人だと思う。そのままが表現されている」といった反応があったり、玉川祐子さんからは「猫のあんちゃんにまた会えた。小柳師匠も登場する」と楽しんで観てもらったりしている。浪曲関係者からは「浪曲の映画を作ってもらったことに感謝している。寄席の現場以外で浪曲が登場すること自体が宣伝になる」と気に入ってもらった。また、浪曲関係者以外の方にも観てもらっており「それぞれの方の人生を反映して観て下さっている。介護に関する視点や、40代で再起することに共感する方もいる。迷惑かけながらも助け合って生きていくことは、本来の人間関係であり、今はなくなっている」という反応が得られている。
今後は「物語に自分が選ばれたら…」と願っており「自分は媒体に過ぎない。イタコみたいなもの。物語が私を通って出て来てくれたら、自分を捧げたらいいかな」と受けとめていた。「ドキュメンタリーを作ることは覚悟が要る仕事なので、業も深い」と認識しており「自分から自然な形で題材と出会い、題材が私を選んでくれれば、やりたいな、と思う気持ちでいます」と未来を楽しみにしている。
映画『絶唱浪曲ストーリー』は、関西では、7月7日(金)より京都・烏丸の京都シネマ、7月8日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場、8月5日(土)より神戸・元町の元町映画館で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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