死にたくなってしまった中年男性が他者に殺してもらおうとしたら、物語が生まれる…『TOCKA[タスカー]』鎌田義孝監督に聞く!
オホーツク海を臨む根室を舞台に、自分を殺してくれる誰かを探す男の姿を描く『TOCKA[タスカー]』が関西の劇場でも5月20日(土)より公開。今回、鎌田義孝監督にインタビューを行った。
映画『TOCKA[タスカー]』は、実際に起きた嘱託殺人未遂事件をモチーフに、死を決意した男が自分を殺してくれる人を探す旅を描いた人間ドラマ。北海道オホーツク海沿岸の国境の町である根室でロシア人相手の中古電器店を営む章二は、ある理由から死を望んでいた。自死ではなく誰かに殺されたいと願う彼は、歌手の夢に破れ生きる意味をなくした女性の早紀と、先の見えない生活に疲れ果てた廃品回収業の青年である幸人と出会う。章二の事情を知った2人は彼の願いをかなえるため、ある計画を立てるが…
『深夜食堂』の金子清文さんが章二、『ヘヴンズ ストーリー』の菜葉菜さんが早紀、『浜の朝日の嘘つきどもと』の佐野弘樹さんが幸人を演じた。監督は『YUMENO ユメノ』の鎌田義孝さん。タイトルの「TOCKA(タスカー)」はロシア語で「憂鬱」「憂愁」「絶望」を意味し、その反意として「憧れ」「未だ見ぬものへの魂の探求」などの解釈がある。
2005年に公開された前作『YUMENO ユメノ』は、ある殺人を機に彷徨う3人の若者による魂の軌跡を描いたロードムービーだった。撮影直後には逆方向の如く「死にたくなってしまった中年男性の話を手掛けたい」と漠然と考えていた鎌田監督。8歳の頃、北海道・オホーツク海の小さな町で人気のお寿司屋さんを営んでいた親戚のおじさんが自殺したことがしこりとして残っていた。そこで、死にたい中年男性と青年の2人によるオホーツク海での物語を検討。脚本家の井土紀州さんに相談し、北海道の根室や網走でシナリオハンティングを実施した。井土さんは事件について調査し蓄積していくタイプの方で、2003年に東京都中央区で中古PC販売会社の社長がインターネットで自身を殺してくれる人を探すが殺さずという未遂事件に注目。「他者に殺してもらう、ということから物語が生まれてくる」と気づき、鎌田監督も自分なりに嘱託殺人について調べていく中で、同じく2003年に韓国で同様の事例で殺人にまで至った事件を見つけた。「この紙一重の差には、どういう心理状態や状況があったのか。両方の人物を以って心情の変化を描くと興味深い」と調査しながら、脚本を執筆。だが、当時の台本は、本作のクライマックスとは違う内容で、これで良いのか引っかかってしまう。その後、時を経て、きっかけとなる2つの出来事に遭遇。「1つは、高校時代の友人に久しぶりに会ったら、躁鬱病を患っており、翌月に自殺した。気づけずトラウマになってしまった。その数年後、父親が亡くなり、母親は自殺未遂。嘱託殺人はみっともないけど、一度は相談してほしい」といった願望が強くなっていき、撮影に向けて踏ん切りがついた。
キャスティングにあたり、主演の金子清文さんは、かつて鎌田監督が携わったコカ・コーラの企業PR映像に関するオーディションに来たことがあり「コカ・コーラのイメージとはかけ離れていた。強烈な印象が残り、興味を持っていた。ベテラン俳優の雰囲気を醸し出す人ではないので、賭けではあった」と明かす。早紀役は、オーディションでは見つからず、様々に考えた上で菜葉菜さんにオファーしている。佐野弘樹さんは、オーディションで選んでおり「予想を覆すような幸人もありえるな、と新鮮だった。ニューオールドなタイプだった」と説く。
北海道の太平洋側、釧路や根室で11月にクランクインした本作。冬の北海道の兆しとはいえ、雪は降らず積もらず過酷な撮影には至っていない。「根室は、漁業の街。領土問題もあった。ブラックな歴史や様々が問題があるにせよ、街の人達は、ロシア人らとうまい具合に交流している。呑み屋はロシア人だらけ。だからこそ雇用があり持ちつ持たれつの関係」と説き「ロシアの漁師が中古家電を買いに来ていたことで、根室周辺が中古家電屋さんだらけになっていた時代もある。ソ連からロシアになった頃は、日本の方が豊かで、中古製品が売れて儲けていた。国の歴史に翻弄されている設定もおもしろい」と関心がある。つまり、風景の良さだけでロケーションを決めていない。映画的な御作法に則った制作はしておらず「僕にとって難しいテーマではあることには変わりない。頑張って生きていこう、という流れに歯向かっている。死を肯定したい。この溝をどう埋められるか掴み切れない中でクランクインした」と打ち明けながらも「結論が分かっているならやる必要はない。ビール飲みながらテンション上げて撮影していきました」と振り返る。
出来上がった本作は、既に各地の劇場で公開されており、鑑賞したお客さんの反応から「役者によるキャラクターのバランスが良かった。やわらかく受けとめてもらう方が多い。お気に入りシーンもバラバラで、笑ってくれている人がいたり、泣いている人がいたり」と良い手応えがあった。今後も「ダメージを受けている人や陽の当たっていない人にしか興味持てない。どん詰まりの人を撮っていきたい」とブレずに作品を手掛けていく。
映画『TOCKA[タスカー]』は、関西では、5月20日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開。また、京都・出町柳の出町座や神戸・元町の元町映画館でも近日公開予定。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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