全国各地にある小さなコミュニティへの気持ちを共有して頂けたら…『とべない風船』舞台挨拶開催!
豪雨で家族を失った傷を抱えて孤独に生きる男性を瀬戸内海の美しい風景の中に映しだす『とべない風船』が全国の劇場で公開中。1月8日(日)には、大阪・梅田のシネ・リーブル梅田に東出昌大さん、柿辰丸さん、遠山雄さん、宮川博至監督を迎え、舞台挨拶が開催された。
映画『とべない風船』は、豪雨災害からの復興が進む瀬戸内海の島を舞台に、それぞれ心に傷を抱える男女の不器用ながらも優しい交流をつづったヒューマンドラマ。2018年7月に発生した西日本豪雨による土砂災害を題材に、被災地出身でCMディレクターとして活躍する宮川博至監督が長編初メガホンをとった。陽光あふれる瀬戸内海の小さな島。数年前に豪雨災害で妻子を亡くした孤独な漁師である憲二は、疎遠だった父に会うため島へやって来た凛子という女性と出会う。彼女は教師の仕事で挫折したことをきっかけに、自身が進むべき道を見失っていた。互いに心を閉ざしていた憲二と凛子だったが、島の人々に見守られながら少しずつ親交を深めていく。『コンフィデンスマンJP』シリーズの東出昌大さんが憲二、『ドライブ・マイ・カー』の三浦透子さんが凛子を演じ、小林薫さん、浅田美代子さんが共演した。
上映後、東出昌大さん、柿辰丸さん、遠山雄さん、宮川博至監督が登壇。作品への愛情が伝わってくるティーチイン形式の舞台挨拶が繰り広げられた。
「30年も悪役俳優をやっているものですから、現場でも、スタッフや共演者から『組長!』と呼ばれていたんですね。今回の私は組合長なんですね。『”合”があるんじゃあ』と現場で皆と笑っていました」と柿さんが御挨拶。舞台挨拶では司会も務める遠山さんから「全く喋らない漁師のデクという役をやらせて頂きました」と自己紹介。東出さんは「日曜日にいっぱい楽しいことがある大阪の街で映画を選んで下さいまして、ありがとうございます」と感謝。宮川監督からも3連休の真ん中に来てもらったことに感謝の気持ちを伝えていた。
今回はティーチイン形式でお客さんからの質問に沢山応える場となり、沢山の手が挙がっていく。まず、宮川監督が東出さんに憲二という役をオファーして良かったと思えるシーンについて聞かれ「撮影前から広島に来て下さった。様々なテーマがある中で、憲二は豪雨災害で家族を失ったので、2人で現地に向かい、人を助けていた地元の消防団の方に党委の被害写真を見たり話を聞いて、次第に役を作り上げていく姿を見て感銘を受けました。彼じゃなきゃ出来なかったんだろうな」と感慨深げに応えていく。
役作りしていく中での苦労について聞かれ、遠山さんは「広島弁が心配だったんですけど、一切喋ることなかったので。とはいえ、今回の現場は柿さんやスタッフの皆が広島の方なので、キャストそれぞれが広島弁を確認していた。素晴らしい現場でした」と振り返る。柿さんは「現場に入る前に台本をもらう段階で、漁業組合長は70を超えている歳だった。
浅田美代子さんや小林薫さんの歳を超えるイメージだったので、長老なのかな、と思って役作りをしていた」と準備を重ねていたが、本番1ヶ月前に台本を見たら58歳になっており「台詞は同じだけど、年下になってしもうた。浅田美代子さんに対して、”また怒られちゃった”みたいな演技をしていた」と明かす。東出さんは「憲二は日焼けをしているだろうから日焼けサロンに行ったり、足を引きづっているので日常の中で様々に負荷がかかる、と考えたり。都度、自分が何故こんな状態になったのか。妻子を失ったことを日常的に思い出したりするんだろう。漁師さんと一緒に漁船に乗らせて頂いて瀬戸内海を行き来したり」と準備に余念がないが「大事にしたいのは、なぜこういう物語が出来たのか。どういう覚悟を以て、スタッフや脚本家、監督やプロデューサーがどういう思いの中で作品を撮ろうと思っているのか、といった話を聞けるのが一番の近道とエネルギーになっている」と語る。クランクイン前には広島に来て監督やプロデューサーと食事を共にしたり公園の地べたで呑んだりしながら「プロデューサーから『宮川を日本全国に名を馳せるような映画監督にしたいんだ、俺は』と聞いたり、監督から、御自身の大事な友を亡くした時の話をして下さったりした。自分の人生の中で大きな転機や心の傷を投影させて作品を具体化して世に出すことは並大抵の覚悟じゃないと出来ない。キツい作業だったと思う。でも取り組もうとする思いを受け取って、最終的にカメラの前に立たないといけない」と覚悟して、撮影初日には健二を出来上がらせていった。
撮影中に遭遇したトラブルやアクシデントについて聞かれ、東出さんは「軽トラが壊れたぐらい…」と挙げると、宮川監督は「軽トラは2回ぐらい…小林薫さん演じる繫三の車も後ろの窓ガラスが割れたり、透子さんが海に落ちかけたり。トラブル続きでしたね」とハッとする。とはいえ、東出さんは「撮影隊は、何十人で新しい現場に行って機材を揃えて車で移動しているので、事故やトラブルには遭ってしまう。でも、連日台風で1週間撮影出来ないといったことは全くなかったので、どちらかとスムーズ。人間関係がギクシャクすることがなかったので、そんなにトラブルの印象はない現場でした」と冷静に話す。柿さんも「全くないですね。仲良くなっちゃった」と同感。遠山さんも同じだ。
笠原秀幸さん演じる潤と間柄について聞かれ、東出さんは「笠原は舞台挨拶でも朗らかにお話して下さる。笠原さんも潤みたいなところがある。役回りに徹して下さる。潤も憲二の心の傷を十分に分かった上で明るくしようとチョケる、という話を監督も笠原さんになさった。笠原さんも同意していた」と観察しており「潤が映画において、止まり木のような皆が一息つける存在になった。ただただ明るいのではなく、潤も人間らしく社会の繋がりの中で気を遣って接してくれていた。それに気づかない憲二は、潤が来ると鬱陶しいなぁと思いながらも心休まる瞬間があったり、フッと笑ってしまう瞬間があったり。だから潤と憲二はあんな仲なんじゃないかな」と受けとめている。この見解を受け、宮川監督は「重い話を重いまま伝えるのは好んでいない。何らかの救いが欲しい。『幸福の黄色いハンカチ』の武田鉄矢さんみたいな、一生懸命なんだけど笑っちゃうような人がいることで、人は救われることがあるんじゃないかな」と考えており、キャスティングを決めていった。
受けとめてほしいことについて聞かれ、遠山さんは「沢山ある映画の中で、この映画を選んで頂いただけでも嬉しいこと。健二に対して島の皆が世話を焼く。全国各地にある小さなコミュニティで必ずあった風景。自分でも懐かしく感じて、あの場所にずっといたい、という気持ちにさせて頂いた。それを共有して頂けたらなぁ」とお願い。柿さんは「実際の家族とは別に、一緒に暮らしている仲間を家族の感覚で僕等は現場にいた。漁業組合の漁師達は家族の一員という感覚でカメラが回っている時以外も家族の一員という感覚でやっていた。それが伝われば」と願っている。東出さんは「インディペンデント映画として日本国内で作られる作家性の強い作品、人間や人生とは何ぞや、と切り込んで描こうとしている作品は、ともすると昨日妻子を亡くした方がこの映画を観ていられない、と思う。どこかで周り回って、こういう作品と巡り合った時に気持ちが少しでも軽くなってくれる作品になればいいな」と願い「キツいものを描く時こそ、僕はこの作品を覚悟を以て演じました、と胸を張って言える気持ちを以てカメラの前に立ち続けなければいけない」と決意を表明していた。宮川監督は「観て頂いた方が受けられたのが全て、だと思っています。この映画は出演している役者が豪華だと思いますが、スタッフは皆が一度も長編映画を作ったことがない地元の方々でインディペンデントなんです。大阪で観てもらえるとは思ってなかった。でも広島だったら観て頂けるんじゃないかな、という感覚があった」と謙遜しており「豪雨災害の後にコロナ禍になって、広島の街も元気が無くて…そんな中で、この映画を観る100分間の中だけでも、気持ちが少しでも動いて良い時間だと思って頂ける場を作りたい」と思いを伝えていく。
最後に、東出さんは「僕は役者で、役者1人の力は作品においては微力。皆とチームワークを持ちながら、現場を円滑に進めて良い作品をお届けできればなぁ、と思う一心で映画を作っております」と改めて述べ「今後ともドンドン頑張って、また心に此処に胸を張って持って来れるような映画に携わりたいと思いますので、また映画館に足を運んで頂けましたら幸いです」とメッセージを送る。宮川監督からは「小さな島の話なんですけど、様々な人に観てもらえたら、頑張れるな」と伝え、舞台挨拶は締め括られた。
映画『とべない風船』は、全国の劇場で公開中。関西では、大阪・梅田のシネ・リーブル梅田や難波のなんばパークスシネマ、京都・烏丸御池のアップリンク京都、神戸・三宮のkino cinema神戸国際等で公開中。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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