皆で集まってビールを呑みながらご飯を食べること以上に重要なことはないんじゃないか…『アジアの天使』石井裕也監督に聞く!
疎遠だった兄が住むソウルへ渡った男と、兄妹や事務所の社長との関係に悩む売れない女性歌手が、国籍を超えて新しい家族の形を模索する姿をユーモラスに描く『アジアの天使』が7月2日(金)より全国の劇場で公開される。今回、石井裕也監督にインタビューを行った。
映画『アジアの天使』は、『舟を編む』の石井裕也監督が、韓国人スタッフ&キャストとともにオール韓国ロケで撮りあげた作品。ひとり息子の学を持つ青木剛は妻を病気で亡くし、疎遠になっていた兄が暮らすソウルへ渡る。兄からは「韓国で仕事がある」と言われていたのだが、剛の期待とは違い、兄はその日暮らしの貧しい生活を送っていた。剛はほとんど韓国語も話せないまま、怪しい化粧品の輸入販売を手伝い始める。一方、ソウルでタレント活動をするチェ・ソルは、市場のステージで誰も聴いていない歌を歌う仕事しかなく、所属事務所の社長と関係を持ちながら、仕事や家族との関係について心を悩ませていた。
主人公の剛を池松壮亮さん、兄をオダギリジョーさんが演じる。そのほか、ソル役に『金子文子と朴烈』のチェ・ヒソなど、キャストやスタッフの多くは韓国人が務めている。
本作のプロデューサーの1人であるパク・ジョンボムとは、以前から心に抱えている傷や痛みに関する話をよくしていた石井監督。日本では同様の話をしておらず「理由がないからこそ彼とは馬が合う。彼の悲しみや心の傷が手に取るように分かった」と打ち明け、お互いに拙い英語でもよく話してきた。
2020年公開の監督作『生きちゃった』を編集し終えた後、2019年11月1日に韓国へ向かい、最初の1ヶ月は大変な日々を過ごしている。本作の企画が頓挫しかけそうだった時にパク・ジョンボムから「諦めるな。俺がプロデューサーになる」と声をかけてもらい、しっかりと手を組んだ。主演の池松壮亮さんとは、2015年の頃から気軽に韓国に行ってパク・ジョンボムと遊んでおり、当時から「韓国で映画を撮ることになるんだろうな」と認識があると伺えた。まさに、言葉にしない演出の始まりである。また、チェ・ヒソのキャスティングをしていた当時の日韓関係は大きな障壁があった頃だったが「彼女は気にせず、おもしろいことがやりたいという一心だった。志の高い聡明な人。全存在を賭けて映画づくりに携わってくれた」と信頼を寄せていた。
撮影にあたり、韓国各地からスタッフが集まっており「一つの手法を見つけて皆で和気藹々とやりました」と振り返る。現場では様々な言葉が飛び交っており「言葉が完全には伝わらないが、韓国語が話せる助監督を介しながらも、皆で楽しみながら良い作品を作ろうとする気持ちさえあれば、どうにかなる」と確信。分からないことを楽しもうとする人が沢山いることに気づき「結局、本心は言葉では辿り着けない。辿り着けないところにある本当の感情を表現できたらおもしろい」と気持ちを切り替えていく。異なる言語間におけるコミュニケーションのバランスについても「誤解やディスコミュニケーションを生むものとして言葉を使っている。心もとない拙い英語が逆に力を発揮することもある」とイメージしている。翻って、韓国での池松さんとオダギリさんによる共演は印象的であり「日本の天才二人が、異国の地でバカみたいなことを喋り合っているシーンはすごく面白かった。日本語を理解していないはずの韓国のスタッフが見てクスクス笑っていた」と明かす。
『アジアの天使』というタイトルに対し、石井監督は「人それぞれに天使のイメージが違い、捉え方も違う。扱いきれないもの、言葉にならないものを映画にしたかった。ピッタリのタイトル」だと説く。本作について「痛みを共有しながらそれぞれの根源的なものに回帰していく、という作品。だからこそノスタルジックな雰囲気がある」と述べた。
コロナ禍の現在において「痛みを共有せざるを得なくなった」と感じると同時に「どこの国の人も皆同じように辛い状況を強いられている。そういう想像こそ、こういう状況になったから余計に思うが、皆で集まってビールを呑みながらワイワイご飯を食べること以上に重要なことはないんじゃないか」と語った。
映画『アジアの天使』は、7月2日(金)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・梅田のテアトル梅田と難波のなんばパークスシネマや京都・七条のT・ジョイ京都や神戸・三宮のシネ・リーブル神戸等で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
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