流動性があるシェアハウスの日常が描かれた稀有な作品…『旧グッゲンハイム邸裏長屋』社会学者が前田実香監督に聞く!
神戸・塩屋の海沿いに立つ旧グッゲンハイム邸の裏にある古びた木造の長屋で共同生活を送る住人達を描く『旧グッゲンハイム邸裏長屋』が、6月25日(金)より神戸・三宮のシネ・リーブル神戸で公開される。今回、本作を手掛けた前田実香監督は、以前から親交がある社会学者の永井 純一さんと対談を行った。
映画『旧グッゲンハイム邸裏長屋』は、海辺の洋館の裏にある古びた長屋で、共同生活を送る人たちの物語。日々の生活をノートに記すことが習慣のせぞちゃん、裏山に登ることが好きなとしちゃん、仕事に恋に忙しいづっきー、そして料理上手なあきちゃん。今日も退居者をみんなで見送り、また新しい入居者がやってくる。どこからともなく集まって、家族のように過ごしている住人たち。しかし、ときにこの家には時に招かれざる客も訪れるのだった…
- 【『サウダージ』が2人を出会わせた】
永井さん:
『サウダージ』をKAVC(神戸アートビレッジセンター)で上映する際に、前田さんに声を掛けて頂きました。
前田監督:
私が神戸アートビレッジセンターに勤めていた頃、「『サウダージ』の宣伝をさせてほしい、神戸の映画が好きな方につないでほしい」と依頼を受け、出演者の方に(神戸山手大学の)永井先生を紹介して頂きました。その縁で、新聞記者さんら含め懇親会をさせてもらって以降、イベントや食事会を開催していました。永井先生には、ゼミの一環で学生をKAVCに連れてきてもらい、映画鑑賞会の授業を実施して頂きました。あれから10年以上になりますね。
永井さん:
近年は、正月明けに柳原蛭子神社に一緒に行って新年会をするのが恒例ですね。
前田監督:
神戸山手大学と神戸芸術工科大学の先生で、神戸の街と映画に興味がある人達で輪になって毎年恒例の行事になっていますね。私は、お友達感覚で参加させてもらっています。
永井さん:
前田さんを中心にして友達が沢山集まり、呑んだり食べたりして遊んでいる感覚ですね。数年前の新年会の時に「今年は映画を撮る」って言っていたよね。
前田監督:
そうなんです。有言実行しました。
永井さん:
映画監督と対談なんて初めてです。
前田監督:
変な感じですね。畏れ多いです。私は、神戸芸術工科大学の映像表現学科で映画コースを専攻していました。石井岳龍さんのゼミ1期生として、映画を作る勉強をずっとしていました。在学中は映画を作っていたので「卒業しても映画を撮りたいな」と実は思っていました。就職先が劇場だったので、劇場の仕事をしながら「映画をどうしたら撮れるか」と思っていました。結局、社会人ではなかなか撮れずじまい。KAVCから神戸フィルムオフィスに転職して数年後、時間も場所もスタッフも機材も揃うピッタリのタイミングができ、ようやく撮れました。
- 【長屋に住んでいた前田監督】
永井さん:
前田さんっぽい映画ですよね。呑みに行く時は、2人だけで会ったことはない。常に前田さんが誰かを誘ってきてくれていました。大勢でワイワイと賑やかな雰囲気があります。普段、遊んでいる時の空気感が映画の雰囲気に近いなぁ。出演者は住人?俳優さん?
前田監督:
全員ではないですが、ほぼ撮影当時の住人ですね。もう今はいないんですが、実際に住んでいた人達が皆出演してくれました。神戸芸術工科大学の後輩である役者や友達に出演してもらっています。スタッフは神戸芸術工科大学の同級生や後輩で、プロの現場に携わっている人達に依頼できました。
永井さん:
最初は、ドキュメンタリーを観ているのかな、と思いました。物語が進むにつれてフィクションだと気づきました。
前田監督:
脚本は全てありますが、大筋だけですね。絶対言ってほしいセリフは伝えていて、他はアドリブで自由に話してもらいました。結果的に自然な感じになりましたね。
永井さん:
楽しそうですね。お洒落な洋館での暮らしとは違うけど、映画の1シーンみたいな生活なんですね。朝のコーヒーを外のテラスで飲んでいるところとか。こういう日常を前田さんは送っていたんだなぁ。
前田監督:
私は8年住んでいました。でも、毎日のように皆でご飯を食べることはないですね。1人でご飯を食べているシーンがないから、却って違和感を覚える方もいますね。私の仕事は不規則だったので、1人でご飯を食べていることが多かったです。ストーリー構成上、1人のシーンはカットして少人数が揃うシーンにしています。
- 【旧グッゲンハイム邸裏長屋にしかないシェアハウスのメリット】
前田監督:
元々は社宅だった、と聞いています。以前に所有されていた方が社宅として使われていました。現在の管理人である森本アリさんに所有者が変わった時、長屋の中を改装して、人が住めるようにしました。当時は、初めて住む方達が手作りで改装して家賃の一部を洋館の修繕費等に充てていました。イベントがあれば、お手伝いしたり、塩屋の街イベントを企画したり、地域に密着した人が自然に集まり住んでいます。私は、映画をフィクションとして作っており、リアルは敢えて踏襲していません。
永井さん:
私も結婚式やライブで何度か行ったことがあります。昔から「どんな暮らしなんだろう」と気になっていました。「アートに興味がある人が沢山住んでいる」と聞いていた。住人になる基準がありますか?
前田監督:
住まれる方については、全て森本アリさん経由で決まります。もしくは元々住んでいた方が次に住む方を紹介していきます。あくまでオープンにはなっていないですね。
永井さん:
何人が住んでいるの?
前田監督:
最大で9部屋があります。空き部屋がある時もあります。ゲスト向けの事務室的な部屋が1部屋があり、臨時で住んでいる時がありました。人によっては2ヶ月程度で出る人もいます。長ければ8年も住んでいる人もいます。少ない時は4人だけで広かった時がありました。出演したガブは実際にワーキングホリデーで半年滞在していました。撮影時には引っ越していましたが、一時的に帰ってきてくれてキーパーソンとして出演してもらいました。大きな事件が起こるわけではないですが、一緒に住んでいるような気持になってもらえたら嬉しいですね。
永井さん:
知り合いの社会学者で、シェアハウスの研究をしている人がいます。資料に依ると、シェアハウスの住人は女性が多いみたいですね。
前田監督:
旧グッゲンハイム邸の場合は、一時は男性が多かったみたいですが、私が住み始めた頃は半々程度。その後は、女性の割合が大きかったですね。なんででしょう。
永井さん:
女性の方が共同生活に抵抗がないんかな。男性の方がややこしいかな。
前田監督:
プライバシーへの配慮が全くないわけではないけど。気になる人はしんどいですよね。
永井さん:
シェアハウスで暮らしているメリットはありますか?
前田監督:
沢山あります。誰かが家にいるのは安心感があって良いですよね。私にとっては、旧グッゲンハイム邸だからこそ1人だと得られない文化の情報が沢山入ってきてプライベートだけでなく仕事でもプラスになりました。多様な音楽やアーティストも知ることが出来ました。彼等に関わっている人とも出会い、人脈も広げられる可能性がある環境でした。また、友達として会うのではなく、生活を共にすると、掃除等の効率的なルーティンの意外なこなし方が分かります。勿論、デメリットもあります。
永井さん:
様々な人が出入りしていると、変化してきますね。A案かB案のどちらかだけでなく、様々な方法を知ることが出来ますね。最大公約数として合理的な方法が見つかることもあるのかもしれないですね。シェアハウスの人達の関係性は独特なんですね。
前田監督:
シェアハウスそれぞれだと思います。全てオープンな人もいれば、クローズにする人もいます。よく知らない人も実際にいます。必要なミーティングも定期的に開催されています。メンバーによっては、会議をしたがるタイプの人もいます。定期的に行う掃除に対して多数決で最適解を見出していきます。メンバーが変わると方法も変わっていきます。だからこそ、意見が合えば楽になります。10人もいると、人によって様々な合わない事象が発生します。場合によっては辛くなって一緒に住めなくなる人もいたんじゃないかな。我慢しないといけない時もあります。他のシェアハウスは分からないですが。
永井さん:
シェアハウスごとにローカルルールのようなものがありそうですね。流動性がありますね。家族は固定された集合体だからこそ、次々に住人が入れ替わっていくような暮らし方は、合理的な選択が行われ文化が作られていくのかもしれないですね。グッゲンハイムは流動性があることが特徴的なシェアハウスかもしれないですね。よくある一軒家をシェアハウスにした場合では起きないようなものが様々にあるかもしれないですね。オシャレかもしれないけど『テラスハウス』のようなトレンディテイストにあるオシャレとは違う洋館の佇まいがあります。映画もシェアハウスの日常を表現している作品になっていますよね。『テラスハウス』とは違うシェアハウスに関する作品ですね。
前田監督:
『テラスハウス』の雰囲気とは違う、と思ってもらえたら嬉しいです。
- 【ストーリーの元ネタは前田監督!?】
前田監督:
元々はドラマチックなストーリーを考えていたんですね。本作を撮る半年前、主人公のせぞちゃんとプライベートで映画制作について相談したんですね。賛同してもらい、ストーリーについて話した時、4人のアラサー女性が登場して、それぞれが人生の岐路に立って悩んでいるストーリーを長屋の共同生活の中で作り込もうとしていました。女性が主人公という設定は念頭にありました。話を作り込んで、山あり谷ありの事件を盛り込んでいきましたが、必要なのかなと途中で感じました。当時のメンバー皆が「出演したい」と云ってくれ、この日常をそのまま描くだけでも十分に私が観たいと思える映画になるかも、と気づきストーリーを変えました。アラサー女性4人が主人公となり、様々な人生の出来事を経験するというのがきっかけだったから、女性が多く登場するストーリーになったかもしれないですね。私自身は男性をあまり描けない。男性が前に出て主張していないのは課題ですかね。
永井さん:
『あのこは貴族』や『彼女』はシスターフッドのテーマ性が強いですが、本作の場合、実は坦々と描けています。女性の連帯に関する距離感を違う角度から観ることが出来ましたね。住んでいないと分からない温度感があります。どういう関係性があるのか分からない。友達感覚なのか、兄弟や家族に近いのか、或いは、もっと遠い関係性なのか。距離感がそのまま描かれているのかな。映画は見世物になっていない。ドキュメンタリーでもないですね。実話がベースになっているのかな。
前田監督:
元ネタはリアルにあります。主人公のせぞちゃんが書いているノートは実際にあります。皆が自由に書いているノートがあるんです。私が住み始めてから印象的な出来事が書いてあり、台詞にしています。元ネタがあったうえで、ストーリーを作っています。
前田監督:
お友達同士で住んでいる感覚とは違います。出たり入ったりしている中で、全く知らない新しい人が入ってきて家族のようなものが形成されます。でも、また出ていく。人の入れ替わりがあることを書きたかったんです。私も居心地がよかったですね。でも「このままだったら、次々に人は変わるのに、私だけ変わっていないなぁ」という気持ちがありました。それは、映画の中にも反映されているかな。
永井さん:
撮ったことと長屋を出たことは関係ありますか?居心地良かったけど、作品にしたから、一区切りついたかな?
前田監督:
本当は偶然ですね。映画を撮る以前から家を探していました。駅チカで居心地も良く、他に良い場所はなかなか見つかりませんでした。映画を撮ったことがきっかけではないんですけど、映画を撮った時に「これは私の卒業制作だ。これを撮ったら私は卒業するぞ」と冗談の意味も含めて皆に言っていました。結果的に卒業制作みたいになりました。出る前に、その時にしかいなかったメンバーを映像に残せて良かったです。そもそも、最初は物語にするつもりもなかったんです。神戸出身ですが、海と洋館と山という神戸のイメージとなるところに住んだことがありませんでした。住み始めてみると、塩屋の風景が素敵で「映像として撮っておきたいな」と思っていました。
永井さん:
人は変わっていくけど、旧グッゲンハイム邸はものも云わずにずっとあります。
前田監督:
100年あるけど、人はずっと変わり続けているのは興味深い。映像として残していけたら嬉しい。
永井さん:
前田さん本人を充てた役がありますか?
前田監督:
一応、充て書きですね。話し方やキャラクターは、それぞれ本人を思い浮かべて脚本を書きました。出演者本人は、私が書いたセリフを用いて演技で話している。先生と助手はオリジナルキャラクター。野田さんは、モデルがいます。他の出演者は様々な要素を盛り込んで話してもらっているんです。私のキャラクターを誰かに演じてもらっているところはないです。脚本は私が書いているので、どのキャラクターも観る人によっては、前田らしさに気づいており、否定しがたいですね。
永井さん:
全部前田さんかなぁ、と思いながら観ていました。
前田監督:
実体験もエピソードとして入れており、自分のことなんですが「おもしろいな」と思っています。演じた人から指摘されたこともありました。恥ずかしいので一度は否定していましたが、結果的に周知の事実になりました。
永井さん:
実際に、呑んでいるなかで即興演奏が始まるの?
前田監督:
「sumahama?」というバンドの2人が住んでいたので、常に音楽が奏でられていました。彼等に合わせて、住人達がタンバリンやカスタネットで参加して宴が行われていました。おもしろいなと思って映画にも取り入れました。実際に自然発生して起こっているので、脚本にすると却ってタイミングを意識してしまって難しいですね。テイクを重ねました。最終的に良い雰囲気のあるOKテイクが撮れました。
- 【登場する社会学者は永井さんがモデル!?】
永井さん:
映画に登場するゼミの先生の気持ちで本作を観ていました。社会学部の先生というのが…
前田監督:
ドキッ!社会学部で勉強したことはないんですが。コミュニティに関することを勉強することだと知りました。元々は、主人公のせぞちゃんは大学の先生が好き、という設定を入れたかった。主人公には好きな人がいることにしたかった。あくまで、好きな人とはリアルに発展できる関係ではなく憧れの存在でありたかった。せぞちゃんは学生なので、距離感的にも大学の先生がよいかなぁ、と。先生は、せぞちゃんが住んでいるところに興味があるのであって、せぞちゃんに興味があるわけではないんです。せぞちゃんが生活している場所に興味がある学部や専攻を考えると、社会学部がいいかなと思って登場させました。
永井さん:
前田さんとよく遊んでいたので、イマジネーションの一部に貢献できたかもしれないですね。
前田監督:
そのとおりです!ありがとうございます。なにか包まないといけませんね。
- 【お世話になっている神戸での撮影、そして劇場公開】
前田監督:
撮影は、5月31日から6月4日までの5日間で撮っています。
永井さん:
もう少し長い時間をかけていると思っていました。
前田監督:
5日間で撮り切ったんです。1日でも雨が降ったら大変なことになっていたんです。見事に晴れました。その時に、音楽イベントが土日あり映像として使わせてもらい、有難かったです。
元々、短編を撮るつもりでした。15分~20分の短編を3本程度で全体を通してみれば繋がっている作品にしようとしていました。私の編集方針ならば80分弱程度になりました。ダラダラとアドリブが続いて間延びしていたので、ラッシュ状態で関係者試写をした時、しんどかったです。惜しいなぁ、と思いながらも神戸芸術工科大学の武田峻彦先生の意見も取り入れて再編集していくと62分になりました。テンポよく日常を映し出す雰囲気から始まり、満足できる完成版になりましたた。62分でも映画館で上映して頂けることになったので、有り難いです。
神戸でお世話になった人達と共に作ることができました。神戸の風景が撮られている作品なので、シネ・リーブル神戸で上映が決まったのが嬉しいです。是非まずは神戸の人達に観てもらいたいですね。勿論もっと観て頂きたいので、これからは大阪・京都・東京・金沢・長野など様々な劇場で上映してもらえるようにしていきます。自分で承諾をもらいながら上映していくために自主配給にしています。自分で様々な劇場に足を運んで営業していきながら、より多くの映画館で上映して頂けるように頑張りたいです。大学を卒業して10年も撮っていなかったので、ようやく撮影出来て皆さんに観て頂けるのが嬉しいです。神戸で撮りたい風景が沢山あるので、場所と街の人の今を映す映画を今後も撮っていけたら嬉しいですね。永井さん、次は出演してください、社会学部の先生として。
永井さん:
前田さんは分け隔てなく人と付き合うことが出来ます。作品に現れていますね。女性性を前面に出していない素敵な女性が映っています。普段着のような佇まいがあって良いですね。
映画『旧グッゲンハイム邸裏長屋』は、6月25日(金)より神戸・三宮のシネ・リーブル神戸で公開。なお、6月26日(土)には前田実香監督と藤原亜紀さんと森本アリさんと渡邊彬之さん、6月27日(日)には前田実香監督と淸造 理英子さんと 門田 敏子さんと谷 謙作さんを迎え、19:35~の上映後に舞台挨拶が開催される。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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