Now Loading...

関西の映画シーンを伝えるサイト
キネ坊主

Now Loading...

関西の映画シーンを伝えるサイト
キネ坊主

  • facebook

ソ連全体主義の町を完全再現し、スターリン体制下の恐るべき監視社会描く『DAU. ナターシャ』が関西の劇場でもいよいよ公開!

2021年3月3日

(C)PHENOMEN FILMS

 

ソ連の秘密研究所に併設されたカフェで働くウェイトレスが科学者と肉体関係を持ったことで、数奇な運命をたどっていく様を描き出す『DAU. ナターシャ』が3月12日(金)より関西の劇場でも公開される。

 

映画『DAU. ナターシャ』は、“ソ連全体主義”の社会を前代未聞のスケールで完全再現し、独裁政権による圧政の実態と、その圧倒的な力に翻弄されながらも逞しく生きる人々を描いた作品。オーディション人数約40万人、衣装4万着、1万22000平方メートルのセット、主要キャスト400人、エキストラ1万人、撮影期間40カ月、そして莫大な費用と15年の歳月をかけ、美しくも猥雑なソ連の秘密研究都市を徹底的に再現。キャストたちは当時のままに再建された都市で約2年間にわたって実際に生活した。ソ連某地にある秘密研究所では、科学者たちが軍事目的の研究を続けていた。施設に併設された食堂で働くウェイトレスのナターシャは、研究所に滞在するフランス人科学者リュックと惹かれ合う。しかし彼女は当局にスパイ容疑をかけられ、KGB職員から厳しく追及される。

 

本作は、ロシアの奇才イリヤ・フルジャノフスキーとエカテリーナ・エルテリが共同監督を務め、『ファニーゲーム』のユルゲン・ユルゲスが撮影を手がけた。2020年の第70回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞している。

 

(C)PHENOMEN FILMS

 

映画『DAU. ナターシャ』は、3月12日(金)より関西では、大阪・梅田のシネ・リーブル梅田、難波のなんばパークスシネマ、京都・烏丸の京都シネマ、神戸・三宮のシネ・リーブル神戸で公開。

かつて、ソヴィエト連邦の政治家ニコライ・ブハーリンは語った…
「医学生が解剖劇場で買った死体で実験しているように、我々は人々で実験している」

 

今作を生み出したプロジェクトは、ソヴィエト連邦が実験国家であったように、映画によってその内部をよみがえらせる実験をしている。描かれているのは、イデオロギー対立に伴う虚像、あるいは歴史的事実を基にした物語の舞台でしかなかったソヴィエト連邦ではない。虚像と物語を徹底して排除することにより、実験国家のグロテスクな中身をむき出しにした。

 

本作の舞台装置と撮影手法は実にパラノイア的である。プロジェクトはスターリン時代末期の1952年の秘密実験都市ハリコフを完全なまでにセットで再現し、役者たちに当時の典型的なソ連国民のパーソナリティを与えた。役者たちがスクリーン越しに見せるものは演技ではなく、与えられたパーソナリティそのもの。

 

映像作品の中で描かれている営みは人間的であり、嫉妬、優越感、喜び、怒り、まなざし、そしてセックスが自然的に発露する。しかし、これらの人間的な営みはソ連全体主義によって、無味乾燥で人造な物語に変えられてしまう。象徴的なシーンが当時の秘密警察に当たる国家保安省(MGB)による尋問だ。恐怖感と優しさ、屈辱と思いやり等、人間的なものが冷酷な尋問の道具として表れる。笑顔や性的魅力、恋人とするような優しいキスだって例外ではない。全体主義が求める歪んだ物語に帰せられるシーンには、生理的な嫌悪感がある。他方で、これまで映画産業が行ってきたことへの自己言及であるような気がしてならない。鑑賞後にぽっかり空いた心の穴から数日の後に言葉が出てくるような不思議な映画体験だった。

fromにしの

 

とある秘密研究所でウェイトレスとして働くナターシャには、いつも重々しい雰囲気が立ち込めている。日々の仕事は忙しく、仕事終わりに若い同僚のオーリャとお酒を飲みながら延々と口喧嘩ばかり。終わりのない日々が繰り返され、閉塞感が漂ってくる。代わり映えしない日々の暮らしによって心が死んでいく。しかし、フランス人科学者との恋が暗い彼女の世界に光をもたらす。この機会を逃してはならないと愛し合うナターシャだったが、彼女に待ち受けていたものはおぞましい全体主義だった。全てを監視され、歯車のように精密に管理され、個はないがしろにされるソヴィエト連邦である。

 

本作の凄さは、ナターシャという女性の全てとソヴィエト連邦の全てをフィルムに刻み込もうとしている力だ。ウェイトレスとして働く姿や同僚と酒を飲みながら愚痴をこぼす姿、愛する男とのセックス、当局の尋問に耐える姿等、彼女の表から裏まで全部を見せようとする。まるで監視カメラ映像のようだ。そして、ナターシャを取り巻く閉塞感と彼女の全てを捕らえようとする作風、極悪な尋問シーンはソヴィエト連邦の秘密主義や全体主義を見事に描き出している。特に、尋問シーンは精神的に耐え難い。描写がえげつないが、淡々とルーティンをこなしているようにしか見えず恐ろしい。背筋が凍った。

 

今作は始まりに過ぎない。イリヤ・フルジャノフスキーによる壮大なDAUプロジェクトの第1作目だ。彼らはロシアの物理学者レフ・ランダウを中心にソヴィエト連邦の全体主義を描くため実際に巨大な秘密研究所を作り上げた。多くの役者やエキストラ達が実際に当時の暮らしを営んでいる。勿論、当時の年代にないものは排除されており、彼らの生活に台本は一切無い。まるで『トゥルーマン・ショー』や『脳内ニューヨーク』のようにソヴィエト連邦を再現し、シミュレーションをしている。徹底的な管理体制や秘密主義、過激さに批判も多いが、壮大な製作体制まで含めてまさにソヴィエト的だ。壮大なシミュレーションで得られた膨大なフッテージを使い、DAUシリーズは制作されていく。その記念すべき第1歩を目撃しない手はない。

fromマリオン

 

「ソ連全体主義」の社会を現代に蘇らせる…センセーショナルなキャッチコピーに包まれた本作は、まさに言葉通りの壮大なスケールをもって1950年代のソヴィエト連邦というパラレル世界を創りあげた。約2年もの間をセットの中で生活した役者たちにとって、縛られた暮らしが現実となっていったことは想像に容易く、ドキュメンタリー的な手法によって鑑賞者は悪趣味な実験に引きずり込まれていく。

 

正直にいえば、本作を一体どう捉えたらいいのか、というのが本音。タイトルが表すようにDAU(レフ・ランダウ)=ナターシャ、というどの時代においても自由を求める者とある種の倫理観をもって体制側に生きる者とのコントラストによって生まれる人間讃歌…だろうか。セットの中にある社会は、私たちが生きている「この世界」と何が違うだろう。与えられた情報を信じ、決められたルールを守り、何らかの主義的な社会における私たちの行動は、果たして本当に私たち自身の「考え」によって選択されていると言えるだろうか?全てはまだ結論づけられていないだけの実験であり、マウスは自分かもしれない、というおぞましい考えにたどり着く。まるで他人事のように歴史を俯瞰した気になっている自分に気づいた時、変わることのない愚かな人間の本質を見た。

fromマエダミアン

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

Popular Posts