柳澤慎一さんが命懸けで挑んだ”遺作”!『兄消える』柳澤慎一さんと土屋貴子さんに聞く!
信州・上田を舞台に、40年ぶりに再会した対照的な老兄弟とひとりの女が営む奇妙な共同生活の様を描く『兄消える』が、関西の劇場でも5月31日(金)より公開される。今回、柳澤慎一さんと土屋貴子さんにインタビューを行った。
映画『兄消える』は、信州・上田を舞台に、40年ぶりに再会した老兄弟の絆を描いたドラマ。戦後昭和を代表する喜劇俳優として知られ、170本以上の映画に出演した柳澤慎一さんが、本作を自らの遺作にする意向で約60年ぶりに映画主演。同じく大ベテランの俳優で、舞台や映画など幅広く活躍してきた高橋長英さんが共演し、対照的な兄弟を演じた。町工場を細々と営み、100歳で亡くなった父親の葬式を終えたばかりの76歳の鉄男のもとに、40年前に家を飛び出したきりだった80歳の兄・金之助が、わけありな若い女性・樹里を連れて舞い戻ってくる。独身で真面目な鉄男と、金之助と樹里。3人の奇妙な共同生活が始まるが、やがて金之助の過去や樹里の素性が明らかになり、兄弟がそれぞれに抱えた家族や故郷への思いもまた、よみがえっていく。兄・金之助を柳澤さん、弟・鉄男を高橋さんが演じ、樹里役を土屋貴子さんが務めた。劇団「文学座」のベテラン演出家・西川信廣さんが初めてメガホンを取り、俳優・劇作家・小説家として活躍する戌井昭人さんが、西川の自伝的エピソードを盛り込み脚本を手がけた。
本作では、ベテラン喜劇俳優の柳澤さんならでは演技を堪能できる。台詞とアドリブの使い分けも上手い。柳澤さんとしては「そんなにアドリブはないですね。芝居の芯となるところでは、アドリブは極力入れないようにしていました。ただ、街中を酔っ払って樹里と戯れているところでは、遊びを入れてもおかしくない。でも、話の本筋から逸脱するようなアドリブは絶対使いたくない」と十分に配慮していた。だが、本作冒頭の登場シーンでは、スタッフやお客様の心を掴む意味を込めて、アドリブを取り入れており「撮影現場での方向性を探りたかった。受け入れてくれるか、たしなめられるか。役者は出と引っ込みが大事」と物語る。
今回、11年ぶりに映画への出演となったが、他のインタビュー等でも、遺作にしたい、と言い続けてきた。現在も、気持ちに変わりはなく「私は根性がひね曲がった男です。世の中の表舞台から隠れて消えてしまいたい」と揺るぎない。三谷幸喜監督の『ザ・マジックアワー』への出演以来11年のブランクもあり「80歳を過ぎて台詞を覚えるのが大変。現在も活躍しているベテラン俳優が出ている贅沢な作品に出ている」と考えたら、ゾッとしていた。出演にあたり「ちゃらんぽらんな男がちゃらんぽらんに見えるようにしっかり演じないといけない。杖は生活に欠かせない必需品であり、その姿を鏡で見ると、しっかりとして見える。しっかりしたら、ちゃらんぽらんには見えず金之助ではない」と満身創痍で挑んでいる。
なお、『ザ・マジックアワー』の撮影後、”3.11”を契機として、世の中から消えられるチャンスだと気付き、柳澤さんは雲隠れしていたことがあり「僕は世捨て人、隠れるのが好きな男。居所が分かるはずがない」と言い張った。本作のプロデューサーは、周辺人物にあたっても、正直に教えてくれる人はなかなか見つからず、2ヶ月かけてようやく柳澤さんと繋がった次第。表に出るのが嫌いな柳澤さんはオファーを正直喜んでいなかったが「プロデューサーの苦労や思いを考えたら、無下に自分の主義主張だけで一方的に断ったら人の道に外れるんじゃないか」と考えていく。そこで、承諾するとなると、出演の難点が杖となるが「杖を持って出演したら、金之助の過去がスクリーンから見えてこない。今回は杖を使わずに出演する」と決意した。
土屋さんにとっては、出身地である長野県上田市での撮影を喜んでいる。当初は、上田市ありきの映画ではなかったが、プロデューサーが上田市を訪れ、いい場所だと感じ決定した。ロケハンに同行していくなかで、西川監督から樹里役のオファーを受け「台本を読ませて頂いた。いい役だなぁ、やってみたいな」と思い、喜んで承諾。上田市でのロケは滅多になく「どの現場に行っても私の思い出があり、演じるにあたっては払拭しないといけない。演技を構築するうえでは良い経験になりました」と感謝している。
金之助と樹里の不思議な距離感について、土屋さんは、最初に台本を読んだ時に「30歳以上の年上の方と一緒にいたら、どんな感じだろう」と考えた。柳澤さんと最初にお会いした時には、粋な「ラブレターです」を受け取っており「読んだ時、隣にいていいんだと思わせてくれるお手紙だった。す~っと金ちゃんの傍にいられるようになりました」と振り返る。2人の関係性について「樹里は金之助が好きだと思うが、はっきりしない関係。金ちゃんのちゃらんぽらんな性格を目の当たりにしてほっとけない母性もある」と読み取り、柳澤さんと一緒にいる中で感情を作り上げていった。また、傍で慎一さんが命を懸けて演技しているのを隣で見ながら「小手先のこと等ではなく、映画は魂を抉り出して演じていくことだ、隣で教えてもらいました」と身をもって実感している。
今作での共演について、柳澤さんは「土屋貴子さんであることを忘れてしまうくらい、樹里でずっと通しており、違和感がない。役名で呼び合うのが当たり前になっている。垣根がなくなっている」と良い間柄を作れたことを感謝している。一方、土屋さんは「気軽に呼べないですが、会うと撮影時の感覚に戻り、濃い時間を過ごさせてもらったことを思い出します。撮影だったけど、私自身で過ごした時間でもあり、お会いすると、金ちゃんと呼んでしまう。撮影後もお手紙でやり取りさせて頂いています」と胸中を明かした。本作を改めて振り返り「私が、こういう映画が観たかった、という映画が出来ました。多くの人も同じではないか」と共感を求める。柳澤さんは「こういう映画があまりにも無さ過ぎる。僕らは新しいジャンルの芸能をやってきた。真剣に人間を描いて、人間ドラマを作り出した。このスタッフ・キャストによる稀に見る仕事ぶりがあってこそ」と太鼓判を押した。
映画『兄消える』は、5月31日(金)より、大阪・梅田のテアトル梅田、6月1日(土)より、京都・烏丸の京都シネマで公開。また、6月14日(金)より、兵庫・豊岡の豊岡劇場、6月15日(土)より、神戸・元町の元町映画館でも公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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