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よくできた映画は心が映る!『海を駆ける』深田晃司監督とディーン・フジオカさんを迎えて舞台挨拶開催!

2018年5月27日

インドネシア・スマトラ島のバンダ・アチェを舞台に、自然の脅威と美を国籍や宗教を超えて育まれる若者たちの友情を通して描き出す映画『海を駆ける』が5月26日(土)より全国公開。5月27日(日)には関西の各劇場で舞台挨拶を開催。大阪・難波のなんばパークスシネマでは深田晃司監督とディーン・フジオカさんを迎えて舞台挨拶が行われた。

 

映画『海を駆ける』は、深田晃司監督が、ディーン・フジオカさんを主演にインドネシア、スマトラ島のバンダ・アチェでオールロケを敢行したオリジナル脚本によるファンタジー作品。インドネシア、バンダ・アチェの海岸で倒れている謎の男が発見される。片言の日本語やインドネシア語を話すその男は、海で発見されたことからインドネシア語で「海」を意味する「ラウ」と名づけられた。NPO法人で災害復興の仕事をしている貴子と息子のタカシ、親戚のサチコは、記憶喪失ではないかと診断されたラウをしばらく預かり、身元捜しを手伝うこととなる。ラウはいつもただ静かにほほ笑んでいるだけだったが、そんなラウの周辺ではさまざまな不可思議な現象が起こりはじめていた…

 

満員御礼の上映後、ディーン・フジオカさんと深田晃司監督が登場。シアター内はお客さんからの「おかえり」コールが響き渡った。まずは、ディーンさんがインドネシア語で挨拶。「わから~ん」の声も上がりながらも、お客さんも頑張ってコール&レスポンスに応じる。直接訳してもらい「インド洋に突っ込んで出てきて髪を乾かして服着てここに来ました。お待たせしてすいません。今日は短い間ですが一緒に楽しい時間を過ごせればいいなと思っております。宜しくお願いします」茶目っ気たっぷりに挨拶した。深田監督は簡単なインドネシア語で挨拶し「”テレマカシ”がありがとうを意味する。現場もこれで乗り切った。どういたしまして、が”サマサマ”。語感が良くて、好きですね」と説明し、お客さんと”テレマカシ”と”サマサマ”でコール&レスポンス。

 

本作を手掛けるきっかけについて、深田監督は「2011年の12月、京都大学とアチェのシアクアラ大学による共同開催で、津波と防災に関するシンポジウムがあり、撮影係で参加した。帰りの飛行機で、バンダ・アチェを舞台に映画を作りたいと思い立った」と明かす。公開を迎え「7年かけて素晴らしいキャストも得て作れたことが本当に奇跡」と感慨深い。日本とインドネシアとフランスによる合作の本作について「スタッフ・キャストも実はインドネシア人の方が多い。日本人が土地だけを借りて撮影したのではなく、日本とインドネシアのスタッフが融合し、一緒に作り上げた作品。こんな作品は10年20年後も現れないだろう」と述べた。

 

ディーンさんはジャカルタに家族が住んでおり、インドネシアは第2の故郷ともいえる場所で、特別な思いがある。とはいえ、バンダ・アチェはジャカルタから大変離れており、かつては独立戦争が起きていたエリアのため、危険なイメージが強く残っており、ジャカルタの人達もあまり訪れない場所。ディーンさんも家族や友人に行くことを伝えると本気で心配され、保険の加入まで勧められた。津波によって大きな被害を受けた故に内戦が止まり、アチェに平和が訪れたので「人間同士が殺し合わずに済んだのは津波のおかげ。複雑な気持ちになるが現地の人達に『それも神の思し召し』という考え方があると教えられた」と印象に残っている。深田監督は現地を訪れ、地元の人達と話し「ほぼ家族や親族が亡くなっている状態。死んだ家族についてどう思うか聞くと、最終的には、あっけらかんと『それは神様が望んだことから』と返答された。内心では思うことがあるだろうが、日本の感覚と違ことが興味深い。ここで映画を撮りたい」と決意。さらに「3.11を経験した日本の人達にバンダ・アチェと出会ってほしい」という思いが強かった。

 

脚本を初めて読んだ時、ディーンさんは「不思議な世界観がある。観終わった皆さんの意見を聞きたい。特に、ラストシーンは何らかのメッセージがあるわけではないが、一つの達成感や疾走感みたいなものを感じた」と回想する。同時に「撮影が楽しみだったが、アチェでどうやって撮るんだろうと心配した。劇場もなく映画を撮るシステムがない場所であるため、インドネシア人でさえもアチェに行って映画を撮ろうとは思わない。良く言えばワクワクしたが、やはり狂気」だと本音を漏らす。撮影は昨年8月の1ヶ月間、インドネシアで実施。移動中や休憩中等、撮影以外の時間は皆で楽しく歌って過ごし、深田監督は「こんなに穏やかで幸せな現場は初めて。一回経験してしまうと、基準になってしまう」とお気に入り。ディーンさんも「センスが良く、エネルギーがある。素晴らしかった」と絶賛する。なお、2人は同い年。同じようなものに触れて育ったので、信頼を寄せていた。

 

本作では、食事の作法などディテールにもこだわった。インドネシアでは手を使って食べる文化がある。ディーンさんは「僕は指を使って食べる時、こぼれないように見てしまう。インドネシアの人達は喋りながら見ないで食べている。興味を持った太賀君は質問してくれたので、作法を説明し実践してくれると、キャラクターに説得力が増す」と伝えていった。深田監督は、各々のキャラクター設定について「鶴田真由さん演じる貴子は、20代半ばでインドネシアに移住した日本人。太賀君演じるタカシは日系インドネシア人で、生まれも育ちもインドネシア。文化の差が1つの画で共存するように、貴子はスプーンで食べているが、タカシは見ないで話を途切れさせずに食べ続ける必要がある。ディーンさんの指導もありつつ、太賀君には1日3食のごはんを毎回手で食べてもらう特訓をしてもらった」と解説する。これを受け、ディーンさんは「現場での僕を含め、皆手で食べていましたね。その方が食べ物の触感や形を皮膚で楽しめるから」と付け加えた。

 

なお、不思議な存在であるラウの捉え方について、深田監督は「お客さんの心の中に浮かんだ感情が正解。わからないと思ったらもう1回観に来るしかない」と述べる。ディーンさんは「人間を演じている時と違い、芝居に対してのアプローチが変わりますね。そもそもラウは感情があるのか、正義や善悪の概念があるのか、植物なのか動物なのか、宇宙人なのか河童なのか……」突き詰めながら「自分の体を使って、アートインスタレーションをやっていた。監督にラウのイメージを伝えてもらい、少しずつ自分をトランスフォームさせた一つの物体ですね」と結論づけた。なお、ラウのイメージを維持するために「違和感がなく自然に溶け込むような健康的な肌を保つために、毎日泳いで日焼けしていた」と明かす。

 

最後に、深田監督は「映画をつくる時、100人いれば100通りの見方がある映画を作りたいと思っている。よくできた映画は十分に磨かれた鏡のように、体ではなく心が映ると思っている。ラウを見て、その人なりの自然や戦争、青春に対する考え方や状態が炙り出される。ぜひ、映画を通して人それぞれ持ち帰ってもらいたい」と想いを込める。ディーンさんからは「持ち帰って頂いて、SNSで『#海を駆けてきた』を使って皆さんのご意見を表現して頂けると、それがバタフライエフェクトとなって、世界にこの作品が広がっていく」とSNSでの拡散を呼びかけると共に「映画の宇宙観や世界観、死生観や価値観を表現して頂けると、本作に参加させて頂いた一人としてとても嬉しい」と想いを込め、感謝と共に舞台挨拶は締め括られた。

 

映画『海を駆ける』は、大阪・梅田のテアトル梅田、難波のなんばパークスシネマ、京都のMOVIX京都、神戸・三宮のシネ・リーブル神戸他にて全国公開中!

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する
映画好き。映画ライター講座を受講し
関西の映画情報サイトを中心に執筆

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