千円未満の哲学~パンと映画の話~ 老舗パン屋ペリカンのドキュメンタリー『74歳のペリカンはパンを売る。』大阪上映初日トークイベント開催!
東京・浅草の有名な老舗パン屋「ペリカン」にカメラを向けたドキュメンタリー『74歳のペリカンはパンを売る。』が大阪・十三のシアターセブンで1月6日(土)より上映開始。公開初日には、上映後に内田俊太郎監督と石原弘之プロデューサー、PAINLOTの山田慎さんを迎えて「千円未満の哲学~パンと映画の話~」と題してトークイベントが開催された。
映画『74歳のペリカンはパンを売る。』は、2016年で創業74年を迎えた東京・浅草の老舗パン屋、ペリカンを取材したドキュメンタリー。シンプルを極めた食パンとロールパンの2種類のみを販売しているペリカンは、開店時間の朝8時からすべてのパンが売り切れるまで賑わいが絶えない人気店だ。創業当時は様々な種類のパンを販売していたペリカンが、なぜ2種類に絞ることで不動の人気を築いたのか。4代目店主・渡辺陸さんら関係者へのインタビューや、パン作りの現場、店舗経営の裏側などを通し、あらゆるものづくりや仕事に共通する大切な「何か」を浮かび上がらせていく…
上映後、内田俊太郎監督と石原弘之プロデューサー、PAINLOTの山田慎さんが登壇。普段は京都でパンのイベントを開催したり、協力したりする活動をしている山田さんから「パンは、粉とイースト菌の酵母、水、塩の4つから出来上がる」と基本的なパンについて説明。パン屋さんの形態について「現在は、3,4種類ある。1つはスーパーやコンビニ等で販売されるホールセールベーカリー。また、ペリカンのようなリテールベーカリーは店内に厨房を持っているお店で、粉から仕込んでいる。他にも、自社工場でパンを作りお店に運んで販売する形式。最近では、新しい形式の流行の兆しとしてセレクトショップがあり、小さなお店でたくさんのパン屋さんが出品して販売している」と、現在は、昔のようにその場で作って販売している訳ではなく、様々なバリエーションが登場していることを解説した。
現在の状況について、山田さんは「スーパーやコンビニのパンは以前からあった。セレクトショップは新しい形態。昔と違い、パン屋さんの輸送コストが必要。しかし、パンの魅力や種類の豊富さから、お客さんが買いやすくなっている」と分析する。だが「ペリカンは地道にお店だけの販売と近所での卸に限定して頑なに営業している」に対し、パン屋の意志を感じた。これを受け、内田監督は「ペリカンは、デパートへの出店を頻繁にお願いされているが全部断っている。その勇気はなかなか出来ない」と感銘を受けている。他の販売形式に対し「スーパーやコンビニの生産者が見えない状況下、ペリカンは入口で会計するが、奥にある工場が見える。少なくとも人がやっていることがわかる」と捉えた。映画にするにあたり「どういった方が作っているのか踏み込んだ。ペリカンを知らない人に細やかに知ってもらえる。知っている人にとっても、入れない厨房を見てもらえる」と考えた。
山田さんは「現在の高級食パンブームより先に、2種に絞って頑なに続けてきたのがペリカンのスタイル。高度経済成長期でモノがあふれていた時代に商品を増やさなかった勇気が凄い」と驚いた。石原さんは、四代目店長の渡辺陸さんから「高度経済成長期やバブル期はペリカンのパンはそんなに売れなかった。今の方が凄く売れる。消費者の傾向として、バブルの時は華やかなものがもてはやされて売れる。今の時代は、地味で素朴な安心できるものが売れる」と言っていたことを伝える。渡辺店長の言葉を受け、山田さんは「大阪万博でフランスパンが流行った。海外からの輸入が増え、格好良く見える。パンも御洒落に見えていた時代。ペリカンのような素朴なパンが今の時代には格好良く見える。同じものを作り続けていくと洗練されたものになっていく。作り続けた人にしか見えない秘境に到達する」と考察する。ペリカンに40年勤めている名木さんの話を聞き「人が作ることに重点を置いている。ペリカンも機械を導入しているが、人の手を入れるべきところを考えている。パンは生き物であると言っており、夏と冬の気温の違いや梅雨の時期を鑑みながら、手を入れることで同じ味を提供できるのではないか」とも考えた。
パン職人について、山田さんは「パンを作る人たちの気持ちがパンに乗り移っている。一つ一つにパン屋さんの感情が乗った商品になっている」と感じている。内田監督も「気持ちは目に見えない。パンを食べることで見える。ペリカンは時代と逆行している。不自然で違和感のある形態だが、違った意味で格好良い。我々の生活に役立てるヒントが、生活に密接するパン屋さんにある」と思い、何か発見があるかもしれないと、今回、カメラを向けてみる勇気を持った。ペリカンを探究するにあたり、山田さんは「変わらない味とはいえ、時代の変化や材料、製法は変わっているんじゃないか」と仮定。だが「ペリカンは同じものを提供している。一定の味の提供し品質を落としていない」と納得。石原さんは、名木さんから「100点のパンを1個作ることはできる。だが、100点のパンを全部作り続けることは不可能。我々は全部90点以上のクオリティのものを毎日続けることが一番難しい」と聞いた。
食パンについて、山田さんは「パン屋さんの中で非効率なパンではないだろうか。菓子パンは12分程度で焼き上がるが、食パンは30~40分もかかる。鑑みると、食パンはオーブンの占有率が高いので、ある程度高くして売らないといけない。利益面では菓子パンを沢山作った方がよい。将来を見越し、食パンに勝負した」と考える。これを受け、石原さんは「ある時、高級なバターを使ったことがある。旨過ぎて却下になった」とエピソードを明かす。山田さんは「パンをさらに豊かに出来るのがペリカンのパンの魅力。数を絞っていたパン屋さんは少ないが、いくらかある。種類を多く作ることを否定している訳ではない。スタイルはそれぞれある。お店がやりたいことを続けていって頂けたら」と願っている。現在の情報化社会の中で「品数を絞ることで、お客さんにもダイレクトに伝わっているパン屋さんの一つ。これからそういうパン屋さんが増えてくるんじゃないか。古き良き文化を残しつつ挑戦していくところはペリカン。そういうパン屋さんに行ってみてほしい」と期待を込めた。
今作の撮影に当たり、内田監督は「パン作りは決して華やかではない。毎日同じことを繰り返しているが、その時々によって同じではない。最初にカメラを向けた時には微妙な差がわからなかったが、9ヶ月も取材し、名木さんが季節や湿気を鑑み、周りのスタッフをコミュニケーションを撮りながら一緒に作り、微妙に日によって替えている」と発見。山田さんも本作を鑑賞し「毎日続けることにより、ロールパンの製法が美しい。今やれと言われても僕には出来ない。体に染みついて自然にやっている」と感じ、無駄な動きのなさに見とれた。今作の編集で、内田監督は「神が宿ったなと感じる瞬間に鳥が羽ばたく効果音を入れた。40年やっている名木さんの手元は美しく、注目してほしい」と言葉に出来ない思いを込める。さらに、内田監督は「ペリカンのスタッフは、名木さんの作るものは分かる。名木さんと同じものは作れない。90点以上のものは作れても、100点に近いのは名木さん」と明かす。これを受け、山田さんは「80点のパンが、食べる人のアレンジで120点になるのがペリカンの楽しみの一つ」と捉えた。石原さんも「自分で100点を目指さないことに感銘を受けた。自分一人では何も出来ないことを熟知したうえで、パンにそれが出ている」と考える。
内田監督は、4代目の渡辺陸さんから「2代目の渡辺多夫さんが、街のパン屋であり続けないといけないと言い続けている。それがデパート出店しない理由。とにかくウチは街のパン屋としてやり続けてきた」と聞き、ハッとさせられた。梅雨時期の6月にペリカンを訪れた山田さんは「パンが売れにくい時期であっても、完売だった。完売しているのにも関わらず、次々にお客さんが来ては予約していく。買えなくても明日買いに来る」ことから、近くに住んでいる方が多いと気づく。1斤380円の食パンについて「食パンとしてはちょっと高いかもしれないが、手が出せる範囲。その値段設定に買いやすさがあり、地元の方から愛されている理由では。さらに、お土産としても活躍する良いポジションに落ち着いている。売れるパンについても考えてやっている」と改めて分かった。さらに「現在、レコード等、古いものが新しい価値として見直されている。食パン・ロールパンのペリカンが実は新しいパン屋のスタイルになり得る」と読みとる。
ペリカンがある浅草の街について、山田さんは「下町でありながら、今変わってきている気がする。変化の中でこれからペリカンも変わらないでやっていく」と受け留めている。撮影を行いながら、石原さんは「変わらないこと自体はありえない。絶対変わっている。年を経て、日々シェイプアップして鍛えているのがペリカンさん。時代を見ながら少しずつ変えている」と感じ取った。浅草の変化については「外国人含め観光客が増えている。建物もリニューアルしながら変わっていくが、ペリカンが大本の部分で考えているのは、周りの人達のこと。ペリカン・カフェが2017年8月にオープンしたが、周りのお店にも配慮したメニューになっているのがペリカンらしい。浅草が好きだからこそ、思いやりがある」と勉強になっている。内田監督は「どんなに時代が変わっていっても、街のパン屋である自負と食パンとロールパンを作り続ける命題があるので、あたふたしないで済む。どんな時が来ても、そこがあるので自信のようなものがある」と確信。オリンピックによって浅草はごった返しているが「今は良い流れかもしれないが、オリンピック後でもやることは変わらず一喜一憂せず、と先代からも言われている。自分達は自分達のスタイルで他社と比べることなくやろう、と4代目がその思いを受け継いでいる。僕がこの世にいる間もペリカンは続いていくんじゃないかな」と期待している。山田さんは、今作を観て「浅草をもう1度歩きたいと思った。浅草の街を探索しながら、ペリカンのパンを食べるのは楽しみの一つに今後したい」と話す。
最後に、石原さんは「なぜパンは人を惹きつけるのか」と問い詰める。山田さんは「元々、僕は子供の頃からパンが好きではなかった。好きになったのは5年前ぐらい。そこからずぶずぶとハマってしまい今では年間300軒近くのパン屋さんを回っている」と前置きしながら「歴史があることに魅力を感じた。さらに、いろんなパン屋さんに行くと、この街はこういう人達が住んでいるんだなとお店にいるだけでわかる。そういうところがパン屋さんが好きになったきっかけの一つ」と応える。パン屋さんについて「パン作りを好きな人が非常に多い。信念やパン作りに対する思いがあった。パン屋さんは大変。朝3時頃から夕方まで働きながら、沢山売らないと売り上げが出ない。ロスもあるかもしれないシビアな仕事」とだと実感。取材をしながら「パンに対する気持ちがパンにダイレクトに表れていることでパンの魅力に浸った。パン屋さんの気持ちを伝えたい」と活動のきっかけを述べる。石原さんはさらに、パンにしかないものについて伺い、山田さんは「生活に身近なもの。無くても困らず生きていけるが、生活を少しでも豊かにしてくれる」とパンへの愛情を込め、トークイベントは締め括られた。
映画『74歳のペリカンはパンを売る。』は、1月19日(金)まで大阪・十三のシアターセブンで公開。また、京都・東寺の京都みなみ会館でも2月10日(土)から2月12日(月)の3日間限定上映が行われる予定。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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