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俺たちはこういうことを考えて生きているんだよ、が支持されていた…『五十年目の俺たちの旅』中村雅俊さんと田中健さんを迎え公開舞台挨拶開催!

2026年1月11日

1975年の放送から50周年を迎える、TVドラマ「俺たちの旅」シリーズの初の映画化である『五十年目の俺たちの旅』が1月9日(金)より全国の劇場で公開。1月11日(日)には、大阪・梅田の大阪ステーションシティシネマに中村雅俊さんと田中健さんを迎え、公開舞台挨拶が開催された。

 

映画『五十年目の俺たちの旅』は、昭和の青春を象徴する名作ドラマシリーズ「俺たちの旅」を初映画化。1975年に日本テレビ系列で連続ドラマとして放送開始され、その後も主人公たちの人生の節目ごとにスペシャルドラマが制作されてきたシリーズの20年ぶりとなる続編で、主演の中村雅俊さんが映画初監督を務めた。カースケこと津村浩介と、大学時代の同級生のオメダこと神崎隆夫、カースケの小学校の先輩であるグズ六こと熊沢伸六の3人は70代を迎え、すでに50年以上の付きあいとなった。カースケは小さな町工場を経営し、オメダは鳥取県の米子市長、グズ六は介護施設の理事長として、それぞれ平穏な日々を過ごしている。そんなある日、カースケの工場にオメダが訪ねてくるが、オメダは思いつめた様子ですぐに帰ってしまう。また別の日、カースケの工場で製作中のポットが大量に割られる事件が起きる。その中に懐かしい砂時計を見つけたカースケは、20年前に病死した元恋人の洋子との思い出を懐かしむが、グズ六から彼女が生きているという驚きの情報を聞かされる。カースケ役の中村雅俊さん、グズ六役の秋野太作さん、オメダ役の田中健さん、オメダの妹である真弓役の岡田奈々さんらオリジナルキャストに加え、オメダの娘である真理役で前田亜季さん、カースケの工場の従業員である紗矢役で水谷果穂さん、青年の克史役で福士誠治さん、オメダの妻である小枝子役で左時枝さんが出演している。

 

今回、上映後に中村雅俊さんと田中健さんが登壇。放送当時のテレビドラマを観ていた沢山のお客様が駆けつけ賑わった舞台挨拶繰り広げられた。

 

「俺たちの旅」について、中村さんは「当時、青春モノ、と云われるドラマはいっぱいやってました。その中の1つだったんですけど、その時は健ちゃんと俺とでワイワイワイワイ楽しいんだけど、撮影現場に行くだけで楽しいドラマだったんですけど、それが50年の年月の中で、青春モノの金字塔みたいない言い方をされるようになって、すごく嬉しい誤解がありました。でも今日に至って、映画化されるという運びになったのは、ホントに皆さんが「俺たちの旅」を愛してくれたからこそ、やっぱり成立したことだと思っているので、改めて本当にありがとうございました」と感謝の気持ちを伝えていく。田中さんも喜んでおり「50年経ちましたね、ホントに。でも、こんなことができるのは、ホント奇跡ですね」と感慨深げだ。

 

今回、監督でもある中村さんは「50年前もそうだったんですけど、トラブルメーカーはいつもオメダなんです。問題を起こして、俺たちカースケとグズ六がなんとかしよう、というところに3人のトライアングルの友情が見えてくる、という構成になっているのが多かったんですけど、今回はそういう感じになって…」と述べ「テーマは、”人生が終わりに近づいてきた時、あなたは何を考えて何をしたいんですか?”、”残りの人生でやり残したことありませんか?”、”やりたいことはありませんか?”みたいな問いかけに対してのアンサーだったんです」と解説。「俺たちの旅」は青春モノであるが、”光と影”を描いており「光の部分を扱う部分は多かったんですけど、「俺たちの旅」はどちらかというと影。人生の切なさ、というか、”生きていくのは切ないよね”みたいなところは50年前からあった。普遍のテーマをずっと貫いていた」と思い返しながら「例えば友情とか、人を好きになることとか、親子の問題とか、人生どう生きるか、みたいな50年前も100年前も今も変わらないテーマがあるじゃないですか。50年前は「俺たちの旅」は、1つのサンプルというか、俺たちはこう生きるんだよ、と。俺たちはこういうことを考えているよ、と出していて、それが支持されていた」と実感している。とはいえ「これが俺たちの生き方で、多少は常識から外れて、非常識的な生き方をしていたんだけど…」と思いながらも「当時は、それを見ている方が”良いな”と思ってくれて支持されていたところもあったんです」と振り返った。

 

 

台本を受け取って以降、本作の演出について1年間も考えていた中村さんは「自分では、あまり経験しないことだったので…正直に言うと、凄く大変で…四六時中、”映画のあのシーンはどうしよう”とよく考えたんですけど」と打ち明けながらも「でも、出来上がると、子供のように可愛いですよね」と安堵している。監督の立場として「健ちゃんは、ホントにリアクションの顔がイイですよね。台詞を聞いている時とか自分が喋っていない時の顔は凄くいいな」と思いながら”用意、スタート”や”はい、オッケー”等を言っていたようだ。だが、監督兼主演であるため、自身の演技をしっかりと観ることが出来なかった。つまり、自身の演技について厳しくなくなってしまい「モニターでリピートして見ると、”はい、オッケー”と言ってしまうんです。これで、編集で撮った素材を集めて繋ぐと、どうしても不満が出てくるんです。”あれ?俺のこの締め、もうひとつだな”というのがあった。すごい反省ですね。多分、皆さん、分からなかったと思うんですけど、自分の中ではね…」と告白。中村さんの様子を見ながら、田中さんは「ただ、そこで”もう1回いこう”と言うと、スタッフも準備があるんですよ。片付けようとしてるのに、”もう1回いくの!?”みたいな。だから、我慢するしかないですね」とフォローしていく。中村さんは、様々な事項を判断し最終的に決めていっており「その決断が正しいかどうか、はその場では分からないですよ。公開して、皆さんが観て喜んでもらうと、”あのシーンはああいうアクションにしたけど、皆さんのリアクション見て、これで良かったんだな”と公開後に正解が分かる。だから、今は答え合わせをしているようなところがある」と明かした。

 

公開後の反応について、田中さんは若松節朗監督から「良かった」というメールを頂いたり、中村さんは脚本家の岡田惠和さんから「雅俊さん、良かったですよ」と伝えてもらったりしていることを報告。とはいえ、お互いに、公開日前日は不安だったんじゃないか、と察しており、田中さんは、公開初日の朝イチに劇場で鑑賞し「最初、テレビと同じように出ててくれて凄い。感動で、あの音を聞いただけで涙が…」と打ち明けた。

 

 

なお、オープニングシーンの撮影について、中村さんは「今だから言えるんですけどね、”熊出現注意”という…皆で”おい、熊、大丈夫か!?”と。中に入っていって、周りを見渡すと、手前は湖になっているんですけど、後ろを見ると、(熊が)出そうなところなんですよ。でも、なんとか無事に。大丈夫だったんですけど」とエピソードを披露。田中さんも、ロケの場所を褒めているが、移動に時間がかかってしまったしまったことについては苦言を呈してしまう。これを受け、中村さんは「実は、台本ができると、監督やカメラマンでロケハンをするんですよ。撮影現場を事前に見に行く。それで見に行った場所が全て遠いんですよ。早くても2時間というところばっかりだった。撮影に丁度良いか、シーンに合うか、と。駄目な時は別の所に行って…ということをずっと繰り返した。撮影されている現場は、ロケハンで最低2回は行っているんですよ。だから、撮影前の準備は大変で…」と言わざるを得ない。病院での撮影に関しては、事前に三度も伺っており「その場で色々と決めて、実際の撮影になると、その通りにいかなかったこともあるんですよ。役者の動きとか気持ちがあり、それに対応していく。この苦悩と心地良さが監督であり、様々なな体験をさせていただきました」と監督冥利を語っていく。なお、病院での撮影では敢えてエキストラの方々を入れなかった秘話についても明かしてもらった。さらに、監督兼主演であった中村さんは「俺は監督だけど、3人で作っていたな、という感じは凄くあったよね。3人のシーンが今回少なかったんですよ。だから、病院のシーンは、自分の中では、大事にしよう、と。井の頭公園で秋野さんが女学生の後ろをついていく、とかの撮影は50年前もやっているので、アレをもう1回やろう、とか。坂道で俺らが座ってボールを転がすのは、自分の中で”あれをもう1回やろう”と思って、”50年前と同じカット割りにしよう”と思ってやった、とか」と演出に関するエピソードを披露していく。

 

最後に、中村さんは「50年前に青春モノという括りでドラマをやらさせていただいて、”ホントに楽しい”、”行くのが楽しい”だけの”ドラマをやって楽しかった”ドラマだったんですけど、皆さんが愛してくれて、この50年間のうちに”青春モノの金字塔”と云われるまでになりました。その部分ではホントに感謝しております。今回、50年後に映画化になりまして、本当に嬉しい悲鳴があったんですけど、無事に完成して皆さんに観てもらったのは本当に感謝の一言です。本当にありがとうございました」と思いを伝えていく。田中さんは「皆様にホントに”金字塔”と云われていたのが、こうやって映画まで出来たのは凄いことです。50年ぶりに同じキャスト、同じ脚本家、同じスタッフ。同じ人達で出来るのは、この世界じゃ無いんです。「俺たちの旅」が初めてで、ギネス(記録)です。皆、元気だったから」と思いを込めていきながら、舞台挨拶を締め括った。

 

映画『五十年目の俺たちの旅』は、1月9日(金)より全国の劇場で公開中。関西では、大阪・梅田の大阪ステーションシティシネマや難波のTOHOシネマズなんば、京都・二条のTOHOシネマズ二条や三条のMOVIX京都、神戸・三宮のOSシネマズミント神戸等で公開中。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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