照代さん自身が放っている魅力が大きかった…『そして、アイヌ』大宮浩一監督に聞く!

東京・大久保にあるアイヌ料理店「ハルコㇿ」の成り立ちと、店主の活動を追ったドキュメンタリー『そして、アイヌ』が3月15日(土)より全国の劇場で公開される。今回、大宮浩一監督にインタビューを行った。
映画『そして、アイヌ』は、東京・大久保のアイヌ料理店「ハルコㇿ」の店主でアイヌ文化アドバイザーの宇佐照代さんを中心に、今なお根強く残る差別や偏見の問題と、世代を越えて引き継がれる文化や思いについて描いたドキュメンタリー。国内外から多様なルーツをもつ人々が訪れる大久保のアイヌ料理店「ハルコㇿ」。店主の宇佐照代さんは、アイヌ文化アドバイザーとして舞踊や楽器演奏などの伝承活動も行っている。生まれ育った釧路を小学生の時に離れ、母や5人の兄弟と東京にやって来た彼女は、2011年に母とともに「ハルコㇿ」を開業。店の成り立ちには、長年にわたり関東在住アイヌの居場所づくりに奔走してきた照代さんの祖母や母の思いがあった。映画では、照代さんの曽祖母から子に至るまでの家族の歴史をひもときながら、美術作家の奈良美智さん、評論家の太田昌国さん、写真家の宇井眞紀子さんらアイヌと出会った人々の活動をとらえ、文化の継承とアイデンティティ、開発と多様性、植民地主義と人権といった問いに向きあっていく。監督は『ただいま それぞれの居場所』『ケアを紡いで』の大宮浩一さんが務めた。
45,6年前、学生だった大宮さんは、朝鮮半島やアイヌに関する問題に対して、周囲と同じように気にかけるようになり関心があった。だからといって突出した活動をしてきたわけではない。今回、偶然にも宇佐照代さんの講演会を見つけ、映画にすること等を考えず、あえて伺ってみることに。講演会自体は1時間半程度の内容で、中盤あたりから興味深く感じるようになり「もし映画にするなら、北海道の悠久な自然の中でサケを捕るシーンがあるような映画になるんだろうな」と想像しながらも「僕には、アイヌの文化や精神世界を、90分の時間で表現できるほどの基礎体力や知識もない。北海道まで足を運ぶまでは至らないだろうな」と自覚する。だが、東京・大久保という馴染みがある近い場所にアイヌの方が飲食店を営んでいることが興味津々になっていく。照代さんの話を実際に聴きながら、人柄を印象深く感じると共に、ムックリの演奏もしながら伝えようとしている姿には羨ましくも感じた。当初は、アイヌに対する関心が大きかったが、今作での撮影を進めながら「次第に照代さんが放つ魅力が大きくなっていったんだな」と受けとめている。とはいえ、いきなり話しかけてきた大宮監督に対して照代さんは懐疑心を抱いてしまい、経歴などをしっかり確認した上で撮影を承諾。前向きに進められることになった。まずは、カメラを携えて、照代さんの話を聞くことに。お互いに丁寧な姿勢で接しながらインタビューをしながら信頼関係を築いていった。大宮監督は、最初に伺った内容がとても新鮮に感じ、作中でも多く使用している。
今作では、照代さんをはじめとしたアイヌの方々だけでなく、多様な方々が登場していく。照代さんを中心に関係がある方々を取材しようと考えていたが、カムイノミと呼ばれる、アイヌの人々が神(カムイ)に祈りを捧げる儀式の取材に伺った際に、偶然にも奈良美智さんに遭遇した。奈良さんからは、東日本大震災以降における日本の”ふるさと”に関する話まで伺い「その前後で作風に影響はありましたか」といったことも聞きたい衝動にかられたが「それは聞いていけないことだな。それは、本作とは異なる、奈良さんだけの世界だ」とブレーキを効かせていく。そこで「僕らも皆もそうであるように、アイヌの方々も1人1人それぞれ違う。 住んでいる場所によって文化も違う。アイヌの方々何人から聞いたとしても、僕の中では広がらないのではないか?照代さん1人で広がるようにしよう」と自身に課していった。また、皆がアイヌの衣装を着ているカムイノミのなかで、朝鮮半島のチマチョゴリを着ているおじさんがいることにも気づき「照代さんの魅力に人が集まってきている。 その人達に寄り添った映画にする必要がある。 多少なりとも差別に関することにもふれないわけにはいかないよな」と認識。取材を進めていきながら「彼らから話を聞くことで、抱えている背景がそれぞれあることも分かった。そういった経験をされた人から見るアイヌとしての照代さんを映し出すことで、作品が立体的になったんじゃないかな」と自負している。
なお、撮影にあたり、監督作品について今回初めて自身でカメラを回してみた。通常、現場には撮影と音声のスタッフと共に臨んでいるが、東京都内ではなく地方に向かうとなると予算の関係もあり、照代さんと2人で現地に向かう必要があり「機器の質が向上しているなら、俺でも撮れるかもしれない」と思い、大宮監督自身でも撮影している。これまでの作品において、編集作業に関しては、大きな流れを作って意見は伝えながらも、編集のスタッフに一任してサポートすることにしてきたが、本作においては、途中で編集スタッフを交代することに。大宮監督の初期作品から長年携わっていた方であったが「でも、今回はやっぱり違うかもしれない…」と感じ、交代して、素材を見直す段階から改めて初めていった。結果的に、時間を要してしまったが「フレッシュな気持ちで先入観なく繋ぎ直せたかな」と手応えを掴んでいる。
なお、撮影素材は、まず御本人に該当する部分だけを見せて、使用許諾を頂いた上で用いており、完成間近の際に、作中でどのように使われているか、が分かるように全編を通して観ていただいた。「皆さんに喜んでいただけた」と感じており「照代さんは感情を外に分かりやすく出す方ではないんです。でも、劇場公開が決まり、チラシやポスターを皆さんにお配りし、各種SNSで発信してくれているようです。楽しんでくれているように感じ…」と安堵している。また、タイトルに関しては『そして、アイヌになる』や『アイヌの練習問題』といったイメージタイトルの候補もあったが「僕が多くの知識もなく、少しだけ関心があったレベルで照代さんと会ったことで、アイヌをもっと知りたくなり、それをお客さんと一緒に共有していくことはチャレンジだった。そのプロセスを撮ることだな」という思いが強くなり『そして、アイヌ』に落ち着いた。
映画『そして、アイヌ』は、3月15日(土)より全国の劇場で公開。関西では、3月15日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場や京都・烏丸の京都シネマで公開。また、神戸・元町の元町映画館でも近日公開予定。

- キネ坊主
- 映画ライター
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- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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