シナリオを書いて映画化することで私がかかえる症状について発信してもいいかな…『悠優の君へ』福原野乃花監督に聞く!
クラスの輪から離れて過ごしている女子生徒と、“普通”に憧れる女子生徒が、手洗い場で出会ったことをきっかけに、それぞれ孤独を抱えながらも未来を模索していく様を描く『悠優の君へ』が11月9日(土)より関西の劇場でも公開される。今回、福原野乃花監督にインタビューを行った。
映画『悠優の君へ』は、本作を手がけた福原野乃花監督の実体験をもとに、強迫症を隠して生きる高校生とその友情を描いたドラマ。いつもひとりで過ごしている高校生の悠(はる)は、毎日同じ時間に、教室から見える手洗い場に現れる生徒のことが気になっていた。その子は何度も何度も、繰り返し、ただひたすら手を洗い続けている。悠はいつしか、その子から目が離せなくなっていた。何かに期待することをあきらめ、「普通」の輪から離れて生きる主人公の悠と、強迫症に苦しむ自分を隠し、いつも明るく振る舞うことで「普通」の輪からはみ出さないように生きようとする、もうひとりの主人公である優乃(ゆうの)。2人が出会い、互いが抱える孤独と向き合いながら、それぞれの道を探していく姿を描く。小さなことや目に見えないことが気になって頭から離れず、何度も確認を繰り返してしまう「強迫症」。日本でも50人に1人くらいの割合でいるとされるが、悩みを抱える人はそのことを隠す傾向にあり、そのために知名度は低いとされる。本作を手がけた監督の福原野乃花さんは7歳の頃に強迫症を発症し、誰にも相談できずにいた苦しさを経験したことから、もっと多くの人に強迫症を知ってもらいたいと本作を企画し、完成させた。
2022年6月、福原さんは大学を卒業して病院を通い始めた頃であり、すぐに強迫症が改善するわけでもなく、定期的に通院するだけの日々を過ごしていた。また、それまでは他人に病気について打ち明けたことはなかったが、通院を始めた頃から友達に伝えていくようになり、SNSで自身と同じような症状を抱えている方を探したり発信しているアカウントを見つけたりしては安心する日々を過ごしていく。そこで「私もそういうことがやりたいな。他にやりたいことがなかったし、病気と向き合うだけの毎日が辛かった。この病気を知ってもらえるようなことをやりたいな」と思うようになり、高校の同級生である水崎涼花さんから「シナリオを書いてみたら」と誘ってもらったのが本作を制作するきっかけである。当初、シナリオコンクールへの応募を検討していたが、書いていく中で「映像化したい」という気持ちが強くなったが、受賞しないと何らかの形に残せないことが判明。だが、起立性調節障害の女子高生が自身で映画を作ったことを知り「自分でやる、という選択肢もあるんだな」と気づかされた。
脚本執筆にあたり「強迫症の子を主人公にしちゃうと、”辛いです”と伝えるだけの映画になっちゃうんじゃないかな」と鑑み「主観的なストーリーは、病気ではない人なら全く共感できないかもしれない。別の誰かから見えた強迫症を描いた方がいいかな」と着想。本作では、悠からの視点をメインにして、福原さん自身を2人の人間に分けて描いており「強迫症に悩み”普通でいなきゃ”と囚われている自分。でも、友達といることで却って孤独を感じる自分もいた。2人に分けて考えると共に、誰にも話したことがない悩みをどんな人なら打ち明けたいと思えるかな」と検討。そこで「タイプは違えど、お互いに何らかの孤独を抱えている2人が出会ったら話すことができるかな」と思い浮かび、脚本を書き進めていく中で「高校時代は症状が辛く、思うようにできなかったことが沢山あった。書き進めていく中で、当時の気持ちを形に出来たことが良かった」と過去に後悔していた自身について少しずつ昇華できるようになった。
なお、本作では、悠と優乃それぞれの親は登場しない。監督自身は迷ったが「強迫症をかかえる優乃自身は辛いが、家族もかなり大変なはず。家族との向き合い方や接し方に正解はないんじゃないか。良くも悪くも家族のせいにして書きたくない。実際は家族がかなり関わってくるし、ストーリーが拡がり過ぎてしまうので、今回は取り入れなかった」と述べると共に「悠については、母親か父親のシーンを描くか相当迷った。大学時代の恩師である三原光尋監督に脚本を読んでもらっていく中で『親は親。大人はあまり出さない方がこの映画には良いんじゃないか』とアドバイスを頂けた。そこで納得して悠と優乃をメインにして描いていくことした」と振り返る。
キャスティングにあたり、当初から相談に乗ってくれていた水崎さんが役者を目指して演技レッスンに通っており、最初に悠役としてオファーした。強迫症をかかえる優乃役については悩んでしまったが、水崎さんから「レッスンしているところで、優乃に合いそうな子がいる」と提案を受け、小谷慈さんを紹介してもらえることに。そこで、3人で会い「こういう作品を撮りたいんですが、どうですか」と相談。水崎さんからは「優乃は明るいけど、実は悩んでいることがある。小谷さん自身にもそういう一面が見えるところがあるから、良いと思う」というアドバイスもあり、小谷に優乃役をオファーした。
撮影現場では、優乃の回想で登場する手を洗うシーンで時間をかけていたことを明かす。まずは、監督が普段行っている姿を再現し、小谷さんが同じように洗ってみた。それをふまえ、実際にカメラを回し、12分間もノンストップで手を洗うことに。監督自身、かつては1時間も洗っていたことがあり「小谷さんは”どういった経緯で不安になり手洗いがやめられないのだろう”と考えながら演じてくれていたからこそ、リアルな姿を再現するように撮ることができて良かった」と安堵したが「普段の私はどのように手を洗っているか、人を見せるのがすごく恥ずかしかった」と告白。抵抗心や恥ずかしさがあったが「伝えなきゃいけないな」と頑張って取り組んでいった。なお、福原監督は、終盤にある2人の会話シーンを撮影したことが印象深く、完成した作品の中でも特にお気に入りのシーンとなっている。
初監督作品として完成した本作は、既に東京・吉祥寺のアップリンク吉祥寺で劇場公開されており「観て頂くだけじゃなく、上映後にお客さんと直接お話できる機会があるのがありがたい」と感慨深げだ。お客さんの中には当事者の方や家族の方が多く「涙ぐまれている方が多く、その辛さがとても伝わってきた。作った意味があったのかな」と実感。中には、1人で観に来ている小学生の女の子がおり「幼稚園の頃から今も悩んでいます。だけど、映画を観て希望が持てました」と話してもらい「私もその子と同じ頃に悩んでいた。小さな子でもかかえる病気でもある。そういった子達も届いてほしかった。当時の私に言葉をかけるような思いで話すことが出来た」と喜びに満ちている。
本作は、福原さんが映画監督になることを目指して制作したのではなく「今伝えたいことがあるから作ってみよう」という思いが強かった。とはいえ、脚本執筆作業は楽しくなる程に好んでおり、現在もいくらか考えているストーリーもあり「世の中のマイノリティーな人や考え方を書いていきたい。今作は自身のことがテーマだったけど、もし次に書くなら”世の中にはこういう人もいる”ということを知ってほしい、と思いを込めて作ることができたらいいな」と願っている。なお、昨今のTVドラマや映画で、精神科に関連することが題材になっている作品が広く評価されてようになったことについては純粋な嬉しさがあり「今までは”心の悩みを抱えている”と打ち明けると、普通の人ではないような見られ方をしていた。実は、皆が何らかの悩みがある、と世の中が理解するように変わってきているのかもしれない」と受けとめると同時に「商業的になることで、違和感もある。病気を抱えていない人に誤解されかねない部分もある」と指摘する。だが、今回の映画制作においては「今なら、世の中にも注目してもらえるタイミングなんじゃないかな」と前向きに捉えていた。
映画『悠優の君へ』は、関西では、11月9日(土)より大阪・十三のシアターセブン、11月30日(土)より神戸・元町の元町映画館、12月6日(金)より京都・出町柳の出町座で公開。なお、11月9日(土)にはシアターセブンに福原野乃花監督、11月30日(土)には元町映画館に福原野乃花監督と水崎涼花さんを迎え上映後に舞台挨拶、11月10日(日)と11月13日(水)と11月20日(水)と11月22日(金)にはシアターセブンに福原野乃花監督、12月1日(日)と12月2日(月)と12月4日(水)と12月6日(金)には元町映画館に福原野乃花監督、12月7日(土)と12月8日(日)には出町座に福原野乃花監督を迎え舞台挨拶を開催予定。
- キネ坊主
- 映画ライター
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