現代アメリカ映画を代表する女性監督の特集上映「ケリー・ライカートの映画たち漂流のアメリカ」が大阪の劇場でも開催!
現代アメリカ映画を代表する女性監督であるケリー・ライカートの特集上映「ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ」が10月2日(土)より大阪・九条のシネ・ヌーヴォでも公開される。
ケリー・ライカート監督は、 ミニマルな制作体制とインディペンデントな作風を貫き、各国の映画祭で様々な賞を獲得するなど、世界的に高く評価されている女性監督。海外では”現代アメリカの最重要作家”とも称されており、『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督の先駆者としても脚光を浴びている。来年にはA24配給、ベルリン国際映画祭金熊賞にもノミネートされた最新作『First Cow』が日本上陸予定。
今回の特集上映では、『リバー・オブ・グラス』『オールド・ジョイ』『ウェンディ&ルーシー』『ミークス・カットオフ』の4作品を上映。
映画『リバー・オブ・グラス』は、1994年に発表した長編デビュー作。南フロリダ郊外の平屋建ての家で暮らす30歳の主婦コージーは、退屈な毎日に不満を募らせていた。空想癖のある彼女は、人のいい夫婦が大きなステーションワゴンでやって来て自分の子どもたちを引き取っていくこと、そして彼女自身は新しい人生を始めることを、延々と夢見ている。コージーの父ライダーはマイアミ警察署の刑事だが、酒を飲みすぎて銃をどこかに置き忘れてしまい、見つかるまで停職を食らっている。ある日、地元のバーへ出かけたコージーは、うだつの上がらない男リーと出会い親しくなるが…
映画『オールド・ジョイ』は、ジョナサン・レイモンドの短編小説を基に撮りあげた長編第2作。妊娠中の妻と故郷で暮らすマークのもとに、街に戻って来た旧友カートから電話が掛かってくる。久々に再会した2人は、旧交を温めるべく山奥へキャンプ旅行に出かけるが…
『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』のダニエル・ロンドンがマーク、シンガーソングライターのボニー・プリンス・ビリーことウィル・オールダムがカートを演じた。
映画『ウェンディ&ルーシー』は、『マリリン 7日間の恋』のミシェル・ウィリアムズが主演を務め、愛犬とともに旅をする女性が思わぬ苦難に直面する姿を描いた人間ドラマ。ウェンディは仕事を求め、愛犬ルーシーを連れて車でアラスカを目指していたが、途中のオレゴンで車が故障し足止めされてしまう。ルーシーのドッグフードも底をつき、旅費を少しでも残しておこうと考えたウェンディはスーパーマーケットで万引きをする。店員に見つかって警察に連行されたウェンディは、長時間の勾留の末にようやく釈放されるが、店の外に繋いでおいたルーシーの姿は消えていた。野宿を続けながら必死にルーシーを探すウェンディだったが…
映画『ミークス・カットオフ』は、ミシェル・ウィリアムズと再びタッグを組み、西部開拓時代のアメリカを舞台に描いたドラマ。1845年、オレゴン州。移住の旅に出たテスロー夫妻ら3家族は、道を熟知しているという男スティーブン・ミークにガイドを依頼する。旅は2週間で終わるはずだったが、5週間が経過しても目的地にたどり着かず、道程は過酷さを増すばかり。3家族の男たちは、ミークを疑い始めていた。そんな中、一行の前にひとりの原住民が姿を現す。
共演に『スター・トレック』のブルース・グリーンウッド、『アルマゲドン』のウィル・パットン、「ルビー・スパークス」のゾーイ・カザン、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・ダノ。
特集上映「ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ」は、関西では、現在、京都・出町柳の出町座で上映中。10月2日(土)より大阪・九条のシネ・ヌーヴォで公開。また、神戸・元町の元町映画館でも近日公開予定。
『リバー・オブ・グラス』
ロードムービーにはたくさんのロマンが詰まっている。旅に出る事情や理由は異なれど、旅を通じて人との出会いに影響されたり、自分を見つめ直したり、現実に打ちひしがれたりしていく。「どこかに行く」行為には様々なドラマや人生が宿るものだ。しかし、本作はロードムービーのロマンや幻想に反旗を翻す。映画の中で退屈な日常に塗りつぶされた2人の男女が罪を犯してしまい、当てのないまま逃亡することになると聞けば、とてもドラマチックな出来事が起こる、と誰もが思うだろう。主人公達もまた逃亡生活によって自分の人生に意味があると気づく。しかし、実態は御粗末。旅での新しい出会いや変化もないし、そもそも旅に出る必然性もないに等しい。旅に出たところで彼らの退屈な日常や悶々とした気持ちは何も変わりはしないのだ。しかし余地は残されている。クライマックスの吹っ切れたような姿に人生を歩んでいくための駆り立てられるような衝動を感じずにはいられなかった。まるでハードでリアルなロードムービーのように見えるが、実は炭酸の抜けたコーラのようなオフビートなコメディ映画でもある。事件に至る過程なんてとても間抜けだし、強盗するシーンなんて衝撃的過ぎて笑ってしまう。日常を生きる人々と旅に対するリアリスティックな視座とジャンルを横断する不思議なリズム感を監督デビュー作で作り上げてしまうケリー・ライカートの力量に感服するばかりだ。
『オールド・ジョイ』
あらすじはとてもシンプル。久しぶりに再会した親友とキャンプに行って温泉に入る、それだけだ。しかし日常から切り離された景色とゆったりとした時間には様々な想いが重ねられる。揺らめく焚き火の炎や気持ちよさそうな温泉を堪能しながら答えのない不安を吐露し、変化する友情の形をしみじみと噛み締めていく。時間が経てば経つほど味わい深い映画だと感じられるだろう。久しぶりに再会した親友と近況報告や思い出話に花を咲かせるひと時はとても楽しい。しかし、同時に寂しさや不安も降り積もる。親友の人生と並べられる事で自分の人生を見つめる事になるからだ。自分がまだ通過していない人生の一大イベントを経験しており、責任が伴う忙しい日常に生きているのを垣間見たとき自分の人生は何周も遅れているのではないか、と後ろめたい気持ちになる。一方で忙しい日常に頭がいっぱいになり、親友との交流を楽しめない自分もいた。そして、友情にぎこちなさがまとわりつく。たとえ「友情は変わらないよ」と言ってくれても、もう昔のようには戻れない。絶対的な時間のなかで人は変化し続ける。雄大な自然もまた同じだ。変わらない事実に身を任せ、ほんの僅かな癒しを得る男達の旅はとても繊細な時間だった。
『ウェンディ&ルーシー』
今年のアカデミー賞を制したのはアメリカ中を渡り歩きながらキャンピングカーで生活する女性の旅路と生き様を描いた『ノマドランド』だった。本作も『ノマドランド』のように広大で過酷な世界を旅する女性の物語であり、世界の冷たさと温かみを噛み締める映画だ。しかし今作で描かれる世界は『ノマドランド』以上に切実な現実が立ち塞がっている。生きるのに手一杯な彼女に『ノマドランド』のような感傷に浸る暇はない。現実はどこまでも乾き切っているからだ。新天地を求めて愛犬と一緒に車で旅する女に不幸な出来事が重なり続ける。車のエンジンは動かなくなるし、万引きして捕まっている間に愛犬が行方不明になってしまう。何をするにもお金がいるがそんな大金は持ってないし、見知らぬ町で誰も助けてくれない。足止めを食らった彼女は僅かな希望と善意にすがりながら問題解決に奔走するために町に留まり続けることになる。彼女に降りかかる不運のドミノはどうしようもない世界そのものだ。貧困が蔓延し、女性の尊厳は当たり前のように踏みにじられ、社会は弱者を切り捨てていく。世界は何事にも無関心だ。失い続けるばかりの旅に挫けそうになりながらも人生という旅は続いていく。ミシェル・ウィリアムズの切実な表情は忘れ難い。デビュー作の『リバー・オブ・グラス』も旅立ちたいのに留まり続ける話であり、男や世界に振り回される話だ。最後に待ち受ける「旅立ち」もほろ苦いが、生命力に溢れているのも似ている。茫漠とした世界と人生という旅を描き続けるケリー・ライカートの哲学や作家性はこれからの人生を歩んでいく中でずっと残り続けるだろう。
『ミークス・カットオフ』
茫漠とした世界を渡り歩く人々の静かな逞しさや辛さ、切なさを描き続けるケリー・ライカートにとって本作のような西部劇は最高に相性が良い。荒涼とした大地には世界の過酷さが広がっており、広大な土地を移動する人々の姿には様々な感情や哲学が宿る。そしてバラバラになってしまった世界で誰かを信頼する意義や尊さについて改めて考えさせてくれた。新天地を求める3つの家族はガイドを雇って広大な荒地を移動する。しかし、いつまで経っても目的地にはたどり着かない。家長である男達は「俺を信じろ」と言わんばかりの強気な態度を取るガイドの処遇も含めて今後の指針を話し合うが、日に日に状況は悪化していく。間違っているかもしれない方向に突き進まなくてはいけない、という徒労感と辛さはあらゆる現実社会での出来事と重なり、人生そのものを表している。途中で旅に加わるネイティブ・アメリカンの存在は対話や信頼の重要性を際立たせていた。誰も信用できない世界において誰かを信じる事は簡単ではない。しかし、対話する意思や信頼を得るための努力こそが断絶や世界を乗り越える力となる。対話する意思や信頼を得るための努力を1人の女性が率先して担っているのがとても現代的だ。旅の指針を決めるときには蚊帳の外だった女性が対話を重んじることで、信頼という名のコンパスを勝ち取っていく。断絶と共存の分かれ道の行く先は見えないままだが、選び取った道が意義深いものであると願わずにはいられなかった。『ウェンディ&ルーシー』から引き続きタッグを組んでいるミシェル・ウィリアムズやブルース・グリーンウッド、ポール・ダノ、ゾーイ・カザンといった豪華な役者陣が揃っているのも今作の魅力のひとつ。荒涼とした大地で耐え忍ぶ役者陣の演技にも注目してみてほしい。
fromマリオン
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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