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世界の分断や格差を”それ”に込め、現代人が抱える矛盾を描きながら、皆に問いかけたい…『徒花-ADABANA-』甲斐さやか監督に聞く!

2024年10月16日

延命治療が促進された近未来を舞台に、一定の上流階級が病に罹患した際に提供される、自分そっくりの分身と対面した男性を描く『徒花-ADABANA-』が10月18日(金)より全国の劇場で公開される。今回、甲斐さやか監督にインタビューを行った。

 

映画『徒花-ADABANA-』は、長編デビュー作『赤い雪 Red Snow』で国内外から高く評価された甲斐さやか監督が、20年以上の歳月をかけて構想・脚本執筆し、井浦新さんと水原希子さんの共演で撮りあげた日仏合作映画。ある最新技術を用いた延命治療が国家により推進されるようになった近未来。裕福な家庭で育った新次は妻との間に娘も生まれ理想的な家庭を築いていたが、重い病に冒され病院で療養している。手術を控えて不安にさいなまれる新次は、臨床心理士まほろの提案で自身の過去についての記憶をたどりはじめ、海辺で知りあった謎の女性や、幼い頃に母からかけられた言葉を思い出していく。記憶がよみがえったことでさらに不安を募らせた新次は、“それ”という存在に会わせてほしいとまほろに懇願。“それ”とは、上流階級の人間が病に冒された際に身代わりとして提供される、全く同じ見た目の“もう1人の自分”であった。主人公の新次を井浦さん、臨床心理士まほろを水原さんが演じ、三浦透子さん、斉藤由貴さん、永瀬正敏さんが共演。編集に『落下の解剖学』で第96回アカデミー編集賞にノミネートされたロラン・セネシャルが参加しており、『ドライブ・マイ・カー』も手がけた山崎梓さんと共に共同で編集を担当している。

 

20代の頃、仲が良かった友達と「中国にクローン人間がいる」といった都市伝説について話していた甲斐監督。そこで、生命倫理の領域も含むクローンに関する様々な知識を書籍から学んでいく中で「ソメイヨシノもクローン桜と考えられ、徒花(無駄な花)の一種なんだ」と発見。「クローンは同じ顔をしているけれども、純粋なバイオロジー環境で洗脳教育を受けている。外部に出られず、空虚な存在」と捉えながらも「彼等は心が満たされて生きている。私達にとっては、失ってしまった自分と出会い直すようなもの。搾取する側とされる側が対面することで、様々なことが浮き彫りになるんじゃないか」と考察し、本作の設定が思い浮かんだ。

 

クローンを”それ”と呼んでいる今作。人間ではなく物体のように感じられるが「世界中で解消できていない分断や格差に関する問題について常に考えている。そこで、クローンを”それ”と呼ぶと動物のように感じられ、様々な気持ちをシャットアウトしたり、相手のことを人間ではなくて動物のように捉えたりすることができる」と甲斐監督は説く。現実の社会に対しても「例えば、言葉遣いが乱暴な人を見ると、いつの間にか心をシャットアウトしてしまう。相手を動物として捉えてしまうと、人間が持つ残酷な性が表出し、争いのきっかけにもなる」と常々考えており「本作では、クローンを”それ”と呼び、侮蔑的であり、同じ人間として捉えていない」と表す。だが「実際にクローン人間に出会ったら、全く違うベクトルで理解していく」と述べ「結局、人間は見たくないものを見ないでいる。そこで、現代人が抱える矛盾を描き、問いかけたい」と訴求する。

 

脚本執筆にあたり、クローンの在り方については「同じ顔の人と対峙するが、1人は相手の命を奪う。だが、奪われる側は奪われて当然だ、と洗脳教育を受けてきた。2人は同じ顔だけれども、お互いに気づきがあり羨望の眼差しを向けていく」とユニークな視点で表現しており、様々な見聞を得ていく中で「ガラス越しにマイクを通じて2人が話し、後ろにカウンセラーがいる」という画が思い浮かび、スケッチを描きながら、他にはないクローンの物語を日本的な感性を以て書いていった。また、現代社会を鑑み「皆が何かに追われて忙しい日々が続き、気づけば自分の人生はあっという間に過ぎてしまう。自分を見失ってしまう苦しさがある中で、共感していただける部分もあるんじゃないか」と提案する。なお、主人公の新次が”それ”と対峙する物語だけでなく、”それ”に対する様々な考え方を持ったキャラクターが登場していく。充実した人生を送ってきたように見えるが幸せを感じられない人間や、人間に自らを提供するように洗脳教育を受けた”それ”の怖さも表現しており「多様なキャラクターを描きながら、私達の倫理観に対する問いかけも必要なのではないか」と投げかけていく。その中で、新次が療養する病院の院長については「彼は様々なことを知っており、頼りになるが怖さも漂っている。天使でもあり悪魔でもある」と言及する。

 

前作『赤い雪 Red Snow』に出演した井浦新さんは、甲斐監督の世界観を理解し「こういう作品に出演したかった。また今後も一緒に仕事をしたい」と気に入った。撮影の合間には、本作のアイデアについて話してみると「出演したい」と熱望。『赤い雪 Red Snow』の舞台挨拶で地方の映画館を巡っていく中で「これは、こういう演技プランで表現できる」と提案も受け「新さんだったら、多面的に演じられる。実際に演じてもらったらピッタリだった」と満足している。臨床心理士まほろを演じた水原希子さんは多国籍の環境で育っており「アイデンティティに苦しんだ経験もありつつ、それらを乗り越えて、社会的な責任も全うされている。ここに来るまでに様々な葛藤も抱えてきたんだろうな」と想像し「まほろは、自分のアイデンティティに悩む役柄。水原さんなら、まほろを理解しリアリティを以て演じられるんじゃないか」と期待。謎の「海の女」を演じた三浦透子さんについて「素晴らしい天才的な役者さんだ」と讃え「新次が憧れる人であり、新次がなりたかった”自分”でもある人物。様々なものを手放すことができる勇気を持っている。三浦さんがピッタリだな」と考えた。斉藤由貴さんは、新次が幼かった頃の母親を演じており「演じていないような雰囲気がありながら、カメラが回ると狂気が突出してくる。引き出しの多さに驚かされる」と感銘を受けざるを得ない。永瀬正敏さんは『赤い雪 Red Snow』で主演しており「想像通りの素晴らしい俳優さん。人格も素晴らしく優しい方ですが、画面に登場すると異物感がありながらリアリティがある」と驚き「天使でもあり悪魔でもあるような院長役は永瀬さんなら説得力がある」と確信しオファーした。

 

劇中には、新次と”それ”がガラス越しに対峙するシーンが多くあり「最初にスケッチで描いていた段階から、ガラス越しに2人が映り込み、周りは自然で窓が抜けている設定を思い描いていた」と振り返る。「自然は人間が全くコントロールできない脅威なる生命でもあり憧れである重要なモチーフだ」と考えていたが「2人の対峙について様々なバリエーションを考えながら、映り込みだらけの撮影は大変だった」と漏らす。編集にあたり「前半は新次の成長物語。後半に向かうにつれて、まほろが自分自身を疑いながら成長していく話でもある。新次とクローンの対話はキャッチボールでもある」と趣向を凝らしており、お客さんに対しては「素直に思ったことを純粋に感じていただけたらいいな」と願っている。

 

また、音楽プロデューサーとしてakikoさんが関わっており「本作のプロットをずっと持ち歩いている20代の頃からの知り合いで仲良しなんです」と話すと共に「彼女の音楽から様々な影響を受けています。彼女はジャズシンガーだけど、ジャズだけにとどまらない。ロックやブラジル音楽の要素があり、オルタナティブな音楽の引き出しが沢山ある」と驚かされるミュージシャンだ。今作の音楽に関して「よくある映画音楽のような分かりやすさがあり、涙をそそる楽曲は望んでいない。自然に流れていて主張がなく、映画の中にすっと入ってくる楽曲が今作には好ましいな」と検討し、akikoさんに相談した。コロナ禍以前からakikoさんにもプロットを読んでもらっていたが、コロナ禍を迎えると「『徒花-ADABANA-』を作品化するべきだ」と背中を押してもらっており、本作にフィットする作曲家を一緒に模索していく。モーリス・ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を挙げてもらうと同時に、作曲家としての長屋和哉さんも提案してもらった。「静かだけれども飽きないような世界観をどうやって作っていくか」と一緒に検討したこともあり「akikoさんが好きなことが詰まっている世界観があり、様々なことに携わって頂いた」と感謝している。

 

なお、『赤い雪 Red Snow』の劇場公開から5年も経過しており、その間には、小説「シェルター」を執筆した。この映画化も考えているが、次は「人間同士の分断や壁を私達は作ってしまっている。これからはどうなっていくのだろう」と鑑みながら「少し先の未来を予見したような作品で、女性が多く登場するサスペンスを描きたい」と話し、今後を楽しみにしている。

 

映画『徒花-ADABANA-』は、10月18日(金)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・梅田のテアトル梅田や茨木のイオンシネマ茨木、京都・烏丸御池のアップリンク京都、神戸・三宮のシネ・リーブル神戸、奈良・橿原のユナイテッド・シネマ橿原で公開。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
最新のイベントレポート、インタビュー、コラム、ニュースなど、映画に関する多彩なコンテンツをお伝えします!

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