ちょっとしたアクションが無駄にならない、自分事として考えてもらえたら…『映画 〇月〇日、区長になる女。』ペヤンヌマキ監督に聞く!
2022年に行われた杉並区長選挙で、現職を僅差で破った岸本聡子さんを追ったドキュメンタリー『映画 ◯月◯日、区長になる女。』が2月3日(土)より関西の劇場で公開される。今回、ぺヤンヌマキ監督にインタビューを行った。
映画『映画 ◯月◯日、区長になる女。』は、劇作家・演出家のペヤンヌマキさんが監督を務め、2022年の杉並区長選挙を記録したドキュメンタリー。人口57万人、有権者数47万人という規模の選挙でありながら、わずか187票差で現職区長を破った岸本聡子さんと、彼女を草の根で支えた住民たちに密着した。東京都杉並区在住のペヤンヌマキ監督が、自身の住んでいるアパートが道路拡張計画で立ち退きの危機にあることを知り、止める方法を調べ始めたことをきっかけに本作の制作を開始。地域問題の当事者となった監督が、それまで無縁だった選挙や政治の世界へ飛び込んで住民たちと連携しながら学び悩む過程をとらえ、候補者や支援者たちと合意形成のため対話を積み重ねていく姿を映し出す。主題歌は、杉並区民がつくった応援歌「ミュニシパリズム」を、上田ケンジさんと小泉今日子さんによる音楽ユニット「黒猫同盟」がカバーした「黒猫同盟のミュニシパリズム」。本作のテーマでもある「ミュニシパリズム」とは、地域に根付いた自治的な民主主義や合意形成を重視する考え方のこと。
2019年、測量に関する案内が自宅の郵便受けに入っていたことをぼんやりと認識していたぺヤンヌマキさん。当時は、何に関する測量なのかよく分からず、少しだけ気にする程度だった。近所のかかりつけの診療所に伺った時、署名に関する張り紙を確認。診療所の付近に都市計画道路を通す計画があり、実現したら診療所もなくなってしまうので、反対の署名お願いする旨が書かれてあり、署名した。改めて地図や計画を確認し、ぺヤンヌマキさんの住まいも影響を受けることが分かり、測量の件と繋がり、インターネット上で動向を調べていく。だが、道路計画反対に関する情報は容易には見つからず。杉並区の児童館廃止計画に反対するSNSアカウントは活発で、中の人とやりすることに。そこで、杉並区で起きている問題について発信しているアカウントと繋がっていくうちに、区長選挙が近づいていた。2022年4月には「住民思いの杉並区長をつくる会」発足の報せを知り、岸本聡子さんの立候補を知る。
まずは「岸本さんに会いにいこう」と決め、4月末に彼女の決起集会を伺うことに。実際に訴えを聞き「同世代の女性であり、ヨーロッパで市民運動をサポートするお仕事をしていた。区政を変えてくれそうだな」と希望が持てたので、岸本さんを応援することを決意。とはいえ、選挙運動のボランティアに携わった経験はなく「ビラ配りからなんでもやります」と心に決め、初めて行われる街頭宣伝の場に向かった。初めて直接岸本さんと話すことができ、自身が長年杉並区に住むフリーランスの脚本家であることや道路問題を知ったことを伝えていく。翌日、再度ビラ配りの手伝いに向かった際には、岸本さんに覚えてもらっており「杉並区はフリーランスで仕事している人が多いですよね。そういう人が活躍できる街にするための政策はどうですかね」と提案があった。心を動かされ、選挙運動に参加している感覚になり、自身が出来ることを検討。岸本さんとお茶をしながら「区長選挙の投票率は32%だった。このままだと現職の区長が勝つ。この投票率を上げるための発信をしたい」「演劇や映像制作に携わってきたことを活かし、ショート動画等をYouTubeにアップすれば、効果的なんじゃないか」と考え、継続的なショート動画の公開を提案。岸本さんも賛同し、カメラを携え始めた。
大学時代から演劇に携わっていたぺヤンヌマキさん。卒業後、魅力的なドキュメンタリー作品を手掛けていた映像制作会社に一度入社。その後、会社を辞めフリーランスとして、本作のプロデューサーである松尾雅人さんと仕事をしていた時期があり、長年の付き合いがあった。2022年、岸本さんを撮影するにあたり、ビデオカメラを所持していなかったので、松尾さんに協力を依頼。ぺヤンヌマキさんがSNSで発信していたことを知っていた松尾さんからは「身近な生活の危機から発してアクセスしようと思ったことは共感できたから、なんでも協力するよ」と応じてもらい、全面協力してもらうことになった。
カメラを岸本さんに向けるにあたり「NGも何もないので、なんでも撮って」と言ってもらい、出会って2週間の段階で、彼女の自宅に泊まり込みで撮影することに関しても承諾を頂く。「岸本さんはカメラ向けても全く変わらない方だった」と印象深く「格好つけたり良いことを言おうとしたりしない。出会ってそんなに経っていないのに、普段の会話もフランクに話してくれる」と信頼。選挙事務所等で頑張っている方にもカメラを向けており「YouTubeで公開されることを伝えてから撮っています。皆さん、一生懸命で、カメラが回っていることも忘れて、ありのままの姿を見せて頂いた」と感謝している。ぺヤンヌマキさん自身も「カメラを向けている感じの撮影スタイルではなく、気づいたらカメラがあった…みたいな撮り方をしている」と心がけていた。
とはいえ「岸本さんが当選するだろうか」と不安な時期も。「もしかしたら岸本さんが立候補しないんじゃないか」と本当に思ったこともあったようだ。「『区長になる女』と大風呂敷を広げたタイトルでアップしていたんですけど、”でも、結局、立候補しなかったね、しょぼん…”と終わる」といったことも起こり得る可能性も考慮していた。だが「これは信じるしかないな」と腹を括ることに。選挙運動の途中からは大きな盛り上がりを感じていたが「それでも、やっぱり現職が強い」と常に言われ続け「もし岸本さんが負けたら私の生活はどうなっちゃうんだろう」といった不安な気持ちを抱えた時もあった。だが「そんな未来は想像したくない。いや想像できない。」と強い気持ちで撮り続けていった。絶対的な自信はなかったが、選挙運動の楽しさが加わったことが大きかったようだ。
YouTubeで公開していた映像は、あくまで岸本さんをPRする内容だった。岸本さんが活動していく中で抱える葛藤も撮っており、次第にドキュメンタリー作品として纏めたい気持ちも募り、ぺヤンヌマキさん自身の気持ちも鬩ぎ合っていく。本作の中には、岸本さんと支援者の中でも重鎮の方が道路で言い合いになっているシーンが含まれており「その後、岸本さんが自宅で葛藤していた姿を撮れた時、これはドキュメンタリーとして貴重だな」と感じ取り「市民選挙の難しい局面がすごくあらわれている」と実感できた。YouTube版の映像に関する編集は自身が中心となって手掛けており、テロップ入れ等をスタジオでオペレーターの方と共に実施。映画化にあたり、松尾さんに確認の上で自身で映像を繋いでいき、最終的な仕上げの段階で、アドバイスをもらったり相談したりテロップ入れの作業を共に行い仕上げていった。
なお、現在の杉並区は複雑な状況にあり「3期12年に及ぶ前の区長の区政があり、既に予算がつけられてしまっているものもある。岸本さんが区長になって、それまで住民の意見もまるで聞かずに進められていた計画について、岸本さんはまず聞く機会を沢山設けようとした。でも、いきなり止めることは難しいんだな」と実感。道路計画には区道と都道の両方に関する内容が含まれており「岸本さんだけの判断では止められない道路。まずは、区として、この道路計画は進めないでほしい、という意見を都に言ってほしい、と住民側からアプローチしなきゃいけない。今はこのプロセスを一生懸命取り組んでおり、道のりが長い状況です」と説く。現在も、可能な範囲で区議会も追ったり、区民側の勉強会等を撮ったりしており「区政の問題は多岐に渡るので、全部を追うことはなかなかできない。本業を行いながら取り組んでいることへの葛藤もあり、撮り続けていきたいんですけど…」と両立に悩んでいることも吐露する。
本作は既に東京のポレポレ東中野で公開され、杉並区の方は勿論、他の区からもお客さんが観に来ており「自分の住んでいる街のことをすごく考えながら観ていた。自分の街でも頑張ろう」といった声を受け取り「杉並区の出来事だけど、杉並区だけの問題じゃない。全国どこにでも起こりうることだから、自分事として考えてもらい、ちょっとしたアクションでも無駄にならない、と感じていただけると嬉しい」と励みになっていた。
映画『映画 ◯月◯日、区長になる女。』は、関西では、2月3日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場、2月10日(土)より神戸・元町の元町映画館、3月22日(金)より京都・烏丸の京都シネマで公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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