なるべく良い社会を作ろうとする為の警鐘を鳴らす作品となった…『標的』植村隆さんと西嶋真司監督に聞く!
元慰安婦だった韓国人女性の証言を報じた植村隆さんがバッシングに向き合う姿を記録したドキュメンタリー『標的』が関西の劇場でも2月12日(土)より公開。今回、植村隆さんと西嶋真司監督にインタビューを行った。
映画『標的』は、捏造記事を書いたとして激しいバッシングにさらされた元朝日新聞記者の植村隆さんが、汚名をそそぐべく闘う姿を記録したドキュメンタリー。1991年8月、朝日新聞大阪社会部記者の植村さんは、元慰安婦だった韓国人女性の証言を伝えるスクープ記事を書いた。その報道から23年後の2014年、記事の内容をめぐって植村さんを「捏造記者」とするバッシングが始まる。植村さんが教職に就くことが内定していた大学や植村さんの家族までもが脅迫される中、大勢の市民や弁護士、マスコミ関係者が支援に立ち上がる。元RKB毎日放送のディレクターとして戦争や人権をテーマにした番組を数多く制作してきた西嶋真司監督が、バッシングに真正面から立ち向かう植村さんの姿を追い、民主主義の根幹を揺るがすジャーナリズムの危機に迫る。
植村さんが記事を書いた1991年、JNN-RKB毎日放送のソウル特派員として同様の記事を書いていた西嶋監督。23年後の2014年、植村さんや朝日新聞だけがバッシングを受けており「非常におかしいな。なにか大きな背景があるんじゃないか」と考察。植村さんがバッシングを受ける前後の頃、メディアが権力に対して批判的な記事を書かなくなった時期であり「権力を前にして忖度している」と云われ始めており「安倍政権が2012年に始まり、メディアが権力を批判する記事を書くと、ものをいわれることが続いた」と振り返る。「植村さんに会って話を聞きたいな」と思っていたが、直ぐには会えず、2016年に植村さんが福岡に来て講演会をした際に初めて会った。当初は「テレビのドキュメンタリー番組で問題を追えないか」と相談して了解頂き、インタビューを始めていったが「テレビが慰安婦に関する問題を番組化することを嫌がり、出来なくなった。取材を始めて2年が経ち、組織を離れて独立して映画を作ろう」と決断する。
バッシングを受け始めた頃、植村さんは「NEWS23」やNHKのニュースに出演した。ドキュメンタリー作品に長時間も出演するのは恥ずかしかったが「僕自身が不当なことを世間に伝えなきゃいけない。監督の思いが本当に有り難く、承諾しお願いした」と打ち明ける。だが、西嶋監督がRKB毎日放送を退職して映画を制作すると聞き、胸が痛かった。しかし、監督のジャーナリスト魂に驚き感動し「監督に教えられることが多いな」と尊敬している。
映画を作り始めた頃、西嶋監督は「裁判は負けることがない」と確信していた。「新聞記者が書いた記事に対して、しっかりと取材をせず、捏造だと指摘している。全ての新聞記者やメディアに対して、気に入らない記事や報道は捏造だと云えば通じてしまう。そんな杜撰な表現が許されるはずがない」と思いを抱き、バッシングを行った西岡力さんに直接会って話を聞いている。「植村さんが捏造したと思いますか」と聞いてみたが、答えを言わなかった。「自分が捏造だと書いたことに確信も覚悟も全くなく、流れとして植村さんをバッシングする空気に乗って発言しているな」と直感し「櫻井 よしこさんも然り。これを許してしまうと、日本のマスコミは何もできなくなる」と危機感を抱かざるを得ない。「そんな人達に負けるはずがない」と思い、植村さんが櫻井さんと西岡さんを訴える裁判に関わったが「結果的に、最高裁まで上告しても敗訴した。メディアが責任を持って書いた記事を捏造記事呼ばわりして、何も非が問われないことは大変な問題だ」と日本社会にある大きな歪みを感じてしまう。植村さんは、裁判で負けたことについて「裁判所が、僕の裁判に関して、慰安婦を売春婦だと言い切っている。日本政府の見解を遥かに超える歴史歪曲主義。凝り固まった考え方に基づいている」と裁判所の忖度を指摘する。そして「そんな判断をした裁判官の判断を許すような社会の右傾化や歴史修正主義の拡がりがあったんじゃないか」と巨大な敵に対して残念な気持ちが残るばかりだ。
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なお、植村さんの娘さんも”標的”になってしましった。「娘さんは全く関係ないのに、インターネット上で脅迫やバッシングを受ける理不尽な経験をした」と知り、西嶋監督は「是非話を聞きたい」と植村さんに相談。「父親という立場から、家族が同じような被害に遭うと困る」と、当初、植村さんは警戒していた。植村さんの裁判を支援していた方々も「また同じバッシングを受けたら困るので、顔を隠すかぼかすか後ろから」と提案を受けることに。西嶋監督は「彼女は何も悪くない。堂々と話したほうが良い」と捉え、打ち合わせもなく彼女に伺い、カメラを向けており「しっかりと御自身の思いを素直に伝えてくれた」と感謝している。本作は「理不尽なバッシングを受けても、決して怯んでいけない、バッシングに屈してはいけない」ということをテーマにしているので「彼女は『自分と同じような被害を現実に受けている方やこれから不当なバッシングを受ける方もいるだろうから、その人達のためにも、泣き寝入りせず、有耶無耶にせず、しっかりと声を上げることが大事だ』と強い意思を見せてくれた」と称えた。「身を以て体験したことを闇に葬りたくない思いを語ってくれている。大切な言葉を是非伝えたい」と思いは高まったが「映画が完成して一般公開する時に、ご本人がどう感じるか」と配慮。完成した作品を一般公開する前に試写会にてお二人に観てもらい、最終的に、公開することに同意してもらっている。植村さんは「娘の思いがよく出ている。本人としては、映像を観た時に、ぎごちなく話すので恥ずかしがっていた」と明かしながらも「映像を外部に公開する時、顔を出すかどうか聞いたら『嫌だ』と言わなかった。西嶋監督が訴えたかったことが表現されている」と感心。西嶋監督は「父親が闘う姿を見ているから、あぁいう言葉が出てくる。家族の誰かが不当な攻撃を植えたりバッシングを受けたりした時に、様々な支援者がいるが、一番のダイレクトに届くのが家族だ」真摯に受けとめ「植村さんも娘さんもどちらも被害を受けながら、どちらも支え合い助け合っている。父と娘の会話の中に自然な会話がある。良い家族だなぁ」と感慨深い。
完成した作品について、植村さんは「私が中心となって登場するので、新聞記者だった者としては恥ずかしい。私自身が公的な存在であり、しょうがない」と思いながらも「沢山の方に支えられたなぁ。エンドロールでは、沢山の方に支援いただいたことも分かります」と感謝している。また「私がバッシングされたが、これは私1人に対する攻撃ではなく、日本社会の中で、歴史の真実を伝えようとするジャーナリストが遭遇した攻撃であり、誰にでも置きうることだと映画の中で描かれている。現代ジャーナリズム史に残る作品」だと、視聴者の一人としても感動した。裁判では負けてしまったが「私を攻撃してくる様々な人のインチキも暴露し、様々な支援者と繋がることができた。その1人が西嶋監督であった。西嶋監督が、私と私をめぐる人々の動きを歴史的な映像として記録してくださった」と敬意を表し「様々な人に、この映画をPRしています。この時代の問題性を描いた作品を様々な人に観てもらうことによって、なるべく良い社会を作ろうとする為の警鐘を鳴らす作品だと思う。皆に観てもらうことが、私の戦いの第二ラウンド」だと確信している。
映画『標的』は、関西では、2月12日(土)より大阪・九条のシネ・ヌーヴォ、3月4日(金)より京都・九条の京都みなみ会館、4月2日(土)より神戸・元町の元町映画館で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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