2人で一緒に自らの内面をこじ開けていった半自伝的作品!『こはく』井浦新さんと横尾初喜監督に聞く!
長崎県でガラス細工工場を経営する弟と、無職で虚言癖を持つ兄のふたりが、ある時から生き別れの父を捜し、家族と愛を模索する様を描く『こはく』が関西の劇場でも公開中。今回、井浦新さんと横尾初喜監督にインタビューを行った。
映画『こはく』は、兄弟が幼いころに突然姿を消した父を長崎の町で必死に捜し歩く姿を描いたヒューマンドラマ。長崎県に暮らす亮太は、幼いころに別れた父が営んでいたガラス細工の工場を受け継ぎ、なんとか毎日を送っていた。しかし、亮太自身も父と同じように離婚を経験し、子どもたちと会うことがかなわずにいた。ある日、亮太は定職に就くことなくブラブラした生活を送る兄の章一から、町で偶然父の姿を見かけたと告げられる。しかし、虚言癖がある兄の言葉を亮太はにわかに信じることができなかった。そんな折に現在の妻である友里恵から「お父さんになる自信、ある?」と妊娠を告げられた亮太は、自分が父のいない過去を引きずったまま生きていることに気づかされる…
本作では、井浦新さんが弟・亮太役、芸人のアキラ100%が本名の「大橋彰」名義で出演し兄・章一役をそれぞれ演じる。『ゆらり』の横尾初喜監督が手がけ、横尾監督の幼少期の実体験をベースに『きらきら眼鏡』の守口悠介さんが脚本を執筆した。
横尾監督の長編映画第一作目である『ゆらり』は、原作が舞台作品。脚本も舞台版と同じ方に依頼し、舞台の世界観を壊さずに映像化していった。今作は、完全オリジナル。元々は、母親を中心とした家族物語の原作の映画化企画があった。だが、直前で駄目になり悔しい思いをして「原作に振り回されるなら、オリジナルをやろう」と決断。「自身の故郷である長崎に恩返しがしたい」と胸に秘め「原風景が残っている地元で、自分の家族に関する話をベースに作ろう」と本作を企画した。
とはいえ、自身の実体験に対峙することは、底知れぬ恐怖がある。だが、井浦さんと一緒に自分の内面に向き合っていく。横尾監督が3歳、お兄さんが6歳の頃、両親の離婚を経験しており、監督は父親を憶えていない。お兄さんと父親の話をした際に「俺は無茶苦茶恨んでいる、迎えに来ると聞いたのに…」と初めて聞き、これを契機にして、映画化に向けて脚本を書き進めていった。半自伝的作品ではあるが、半分はフィクションである本作。自身の心を掘っていく大変な作業があり「無意識に蓋をしていることが沢山あった。井浦さんや撮影監督の根岸さんに開けられていった」と振り返る。
家族に関する出来事が映画化されるにあたり、お兄さんは反対しなかった。「むしろ、望んでいたのかもしれない」と横尾監督は語る。今回、実際に父親を探しており「実際に会わないと答えが出ない。両親の離婚から35年以上経っており、捜し出だせる確証がなかった」と告白。親戚から、亡くなったらしい、という話を聞き、お兄さんと母親に伝えたが「そんなはずはない。絶対に生きている」と本気で認めなかった。この反応に驚きながらも「生きていてもらわないと困る、という思いがあるんだな」と実感する。
横尾監督をモデルにした亮太を演じた井浦さんは、これまでにない難しさを感じた。実在する人物を演じることは今までもあったが「横尾監督の分身のような存在を演じるからこそ、本人に対して芝居を投げていくことは難しい」と語る。だが「初めて体験するような映画作りが出来る」と前向きだ。監督の分身である役を演じるからこそ「逆手にとって、この役を演じる上では監督のことを感じていきたい。監督も一緒になって、亮太が育ち苦しむ以上に感情を背負ってもらわないと、演じていく上で最大級のパフォーマンスは出来ない。演じればいいだけの物語ではない」と捉えていく。監督の半自伝的作品を一緒に撮るので「監督一点突破で、ありとあらゆる扉を開けて、奥の奥にまでこびりついているものを探求した」と自ら追い込んでいった。
なお、横尾監督の配偶者である遠藤久美子さんは、亮太の妻である友里恵として井浦さんと共演している。井浦さんはフラットな気持ちで挑んだが「遠藤さんが大変だった」と受けとめていた。だが「監督の奥様としても必要なことであれば、感じたままに共演したい」と挑んだ。実際は、演じづらいところもあり「監督と遠藤さんの日常会話を見ていると、恥ずかしくなる程に2人の距離感は近い。それを再現していった」と明かす。横尾監督にとっても初めての経験であり、現場に入る前は夫婦で話し合った。「友里恵は、亮太を優しく包み込む役。ありのままでいいよ、と話していた」と語るが「OKを出す時、何を基準にして撮ればいいのか。嫉妬することがあるかもしれないと思い、嫉妬したらOKか?」等と迷いながら、様々なことを考えていく。
大橋彰さんは、『ゆらり』では舞台版も含め出演している。井浦さんの出演が決まった後、横尾監督は「違うタイプの方をお兄さんにした方が現場もおもしろくなる」と思い、大橋さんにオファー。現場では、皆がクライマックスに向かっていくことに必死となっており、大橋さんからは「ずっと不安だった」と言われたが、虚ろな感じだと捉えていた。井浦さんは、悩んで苦しんでいる大橋さんの姿を見た時点で「間違いない」と確信。中途半端に演じられたくなかったので「苦しみの中から章一兄ちゃんが生まれてくるのは間違いない。何が起きても信頼して共演できる」と太鼓判を押す。
本作の脚本は守口悠介さんと横尾監督が一緒になって作っている。どうやって2人が行動していくか、中盤の展開は守口さんからアイデアを頂いたが、最終的な結末は分からなかった。準備稿や決定稿は本番と全く違う結末で、クライマックスシーンが見えないまま現場に入っている。皆で話し合いながら作っていくことになり「皆さんと一緒にお父さんを探す旅をした感覚だった」と打ち明けた。思っている以上の力を以て最後に着地でき「こういう作品になると自分自身でも思っていなかった。転機になる作品。様々な考えが覆されました」と価値観が変わりつつあり、現在も踠いている。
長崎で撮り終え、公開を迎えた現在、横尾監督は、今後も長崎での撮影に挑んでみたい。自身が企画した今作の制作にあたり、長崎の企業の方々に熱意を伝え、応援して頂いている。「君の熱意に出すよ」と言って頂いた企業の方々のおかげで映画が出来上がった。「単発ではなく、継続して長崎出身監督が長崎で撮ることに対して応援するよ」とも言って頂いており「撮り続ける意志は強い。意義もある。今後、何を長崎で撮っていくか。少なくともオリジナルに拘り、今から踠き始めています」と胸中を語る。井浦さんは、作品作りを通して「横尾監督の思考や感情を知られたからこそ、出来ることのハードルも上がる」と身を以て感じた。もし次回作への出演機会があるとしたら、『こはく』で出来たことを踏まえ「全く異なった、高いハードルを飛び越えた芝居を監督に示さないといけない。同じような作り方は出来ない」と意気込んでいる。
映画『こはく』は、大阪・梅田のテアトル梅田と京都・烏丸の京都シネマで公開中。7月26日(金)より、神戸・三宮の神戸国際松竹で公開。
- キネ坊主
- 映画ライター
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- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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