殺さなきゃだめですか?『被ばく牛と生きる』第七藝術劇場で公開!
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2011年の福島第一原子力発電所事故発生後、“20Km圏内すべての家畜の殺処分”という国の決定に納得できず、被曝した牛を生かし続ける畜産農家の人々をとらえたドキュメンタリー『被ばく牛と生きる』が、12月16日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開。今回、大阪での公開のタイミングに本作を監督した松原保さんにインタビューを行った。
映画『被ばく牛と生きる』は、東日本大震災による原発事故の影響で被ばくした牛たちを、殺処分せずに生かし続ける畜産農家たちの静かな戦いを記録したドキュメンタリー。2011年、東日本大震災と福島第一原発事故から1カ月後、原発から20キロ圏内は立ち入りが厳しく制限され、同年5月、農林水産省は20キロ圏内のすべての家畜の殺処分を決める。自分たちが育ててきた命を奪うことに納得ができないまま、涙を飲んで処分を断行した農家が多数の中、膨大な餌代を自己負担しながら牛を生かし続けようとする農家が現れるのだが……。故郷も仕事も奪われ、経済的価値のない牛を生かし続ける人々の5年間の姿を通し、生き物の命の価値や尊厳を問う。ナレーションは女優の竹下景子が担当。
30年以上前、松原監督は東京のテレビ制作会社に入社し、日本を代表する企業の海外向けPV撮影で南相馬市の相馬野馬追を撮影した。2011年の福島原発事故により、相馬野馬追の開催が危ぶまれているニュースや新聞報道を見て「しっかりと記録しておかなければならない」と思い、2011年5月に大阪の仲間を現地に派遣させ情報を入手。6月には監督自身も南相馬や相馬市に入り取材を開始。そこで、浪江町の警戒区域で被ばく牛を飼っていた山本幸男さんや、被ばくした牛を生かそうと国に抗議している吉沢さんに会って以降「彼らの先の見えない状況こそ、さらに記録すべきである」と感じ自主的な取材を継続してきた。無事に開催された野馬追の取材後、総務省の震災復興に向けた国際共同制作モデル事業に採用され助成金を得て、シンガポールに拠点を置くヒストリーチャンネルで1時間番組のドキュメンタリー番組としてアジア20か国で放送される。当初は「きっとどこかのテレビ局がこの企画に乗ってくれるだろう」と考えていたが、どの放送局も企画に興味を示してくれず、結果的に全て自前の経費を使って取材を続けることになった。
作中では、被ばく牛を自身の牧場で生かし続けながら都内で街宣活動を行う吉沢正巳さんと姉の小峰静江さんが登場する。姉弟の間では喧嘩が絶えることなく「今も続いている。しかし、身内であることに基づいた内輪もめであり、決定的な喧嘩別れにはなることはない。姉である静江さんが弟の気持ちも分かるだけに決して間違ってはいないと心の底で思っている」と松原監督は解釈。2人について「方法論に関して弟と姉ではまったく考え方が違う。姉の静江さんの方が、牛の命に対する考え方や地道なケアはしっかりとされている」と感じた。結果的に「小峰さんは、吉沢さんの『決死救命、団結!』という震災直後のコンセプトを今も引きずっていることに違和感を持っており指摘するが、吉沢さんは受け流している」と冷静に分析。現在の吉沢さんは、各地から呼ばれると全国津々浦々へ宣伝カーと牛のモニュメントを乗せて出かけており「彼の行動のエネルギーは牛を生かす行動よりも、国民の前でこの惨劇を訴えること。それが吉沢さんにしかできない使命」だと見出している。
なお、国が強制的に牛を殺処分することはなく、必ず畜主の同意書がないと殺処分は行われていない。例外的に牛の所有者が不明な場合において「野良牛となって交配した牛が生んだ子牛も所有者が不明な為、同意を得ずに殺処分した」と監督は聞いた。国の姿勢について「牛の生命を殺したという事実に対する責任をとらない」と受け留めている。農水省は、殺処分への予算申請は2013年末までの3年目まで、以降に畜主が殺処分に応じても、殺処分のかかる経費(柵へ追いやる、弛緩剤を打つ、5mほどの穴を掘る、石灰をかけた消毒をする等)一切の経費は畜主が負担することになる、と最後通告を出した。
松原監督は、本作の続編について「作りたいが、第1作の期待を超える続編となるとなかなか難しい」と感じているが、次作の構想に関して「白斑を含めた牛の健康被害に関する研究成果がしっかりと見え出した段階で考えていきたい」と見据えている。
映画『被ばく牛と生きる』は、12月16日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開。12月16日(土)と12月17日(日)には、松原保監督と榛葉健プロデューサーによるトークショーや舞台挨拶を開催。なお、神戸・元町の元町映画館でも近日公開予定。
- キネ坊主
- 映画ライター
- 映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する映画ライター。
- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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