カメラが回っている状態で初めて演じる瞬間を撮っていきたい…『長崎—閃光の影で—』松本准平監督に聞く!

1945年の長崎で、原爆被爆者の救護にあたった日本赤十字社の看護師達の体験を基に、看護学生が負傷者の救護に奔走する日々を描く『長崎—閃光の影で—』が8月1日(金)より全国の劇場で公開される。今回、松本准平監督にインタビューを行った。
映画『長崎—閃光の影で—』は、1945年、原爆投下直後の長崎を舞台に、被爆者救護にあたった若き看護学生の少女たちの姿を描いたドラマ。原爆被爆者の救護にあたった日本赤十字社の看護師たちが被爆から35年後にまとめた手記を元に脚本が執筆された。太平洋戦争下、看護学生の同級生で幼なじみの田中スミ、大野アツ子、岩永ミサヲは、空襲による休校のため長崎に帰郷する。久しぶりに地元へ帰って来た3人は、それぞれ家族や恋人との幸せな時間を過ごすが、8月9日11時2分、原子爆弾が長崎市上空でさく裂し、その日常は一変する。一瞬にして廃墟となってしまった長崎の街で、彼女たちは未熟ながらも看護学生としての使命を全うしようと奔走する。スミ役を本作が映画初主演となる菊池日菜子さん、アツ子役を小野花梨さん、ミサヲ役を川床明日香さんがそれぞれ演じた。自身も長崎出身の被爆三世である松本准平さんが監督、共同脚本を務め、長崎出身の福山雅治さんが主題歌のプロデュースとディレクションを担当。また、原案となった「閃光の影で 原爆被爆者救護 赤十字看護婦の手記」に体験を寄せた元看護学生のひとりである山下フジヱさんが特別出演しており、その山下さんの思いを、10歳の時に長崎で原爆を体験した美輪明宏さんが語りとして声で表現する。
原案である「閃光の影で 原爆被爆者救護 赤十字看護婦の手記」について、長崎出身の松本監督自身は、全く知らなかった。『TOMORROW 明日』のプロデューサーである鍋島壽夫さんから「この手記を基にした映画をつくりたい」と声を掛けられ、初めて知った次第だ。とはいえ、手記であり、散文的でもあるため、看護婦さん各々の印象に基づいて書かれており、起きた事実を書いている方もいれば、短く書いている方もあり「それぞれのエピソードはとても重要だし、それらを絶対取り入れたい」と思いながらも「これだけでは1本の作品にならない」と気づく。改めて、長崎市への原子爆弾投下に関すること、8月9日・10日・11日…と何が起きていたのか、つぶさに調べる必要があり、各種資料を以て精査していった上で、脚本を組み立てていった。そこで、原爆に関する物語を1人の視点で描くのは難しく「様々な被爆の状況があり、被爆中心地からの距離によっても様々に違う。その中で、3人程度で繋がっていくようなポイントや視点が必要」だと考え、メインとなる登場人物を3人に決定。「当時の軍国主義が色濃く人格形成に関わっている人物、長崎で暮らすカトリック信者の人物、そして、純粋な少女のまま原爆の状況に巻き込まれていく主人公となる人物。この3人でうまく構成したい」と着想し、様々なエピソードを拾い集めながら書き上げていった。なお、3人の看護学生以外にも、周辺の人物において意外な出来事まで盛り込まれている。監督は「劇中のあの時間軸では起きたとは断言し難い出来事も盛り込んでいます。ただ、その後に確実にあった出来事です。物語の都合上、タイムラインには多少なりとも作為性があるかもしれません」と説明する。
©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
キャスティングにあたり、主演の菊池日菜子さんは、プロデューサーの薦めでご紹介いただいた。お会いしてみて「すごくピュアな方だ」と実感。監督自身も参加した本読みでは「相手の目を見つめながら台詞を言ってくれ」と伝えたが「彼女に見つめられながら台詞を受けることがありました。相手にセリフをピュアな状態で届けようとする意志がとても強い方だ」と分かり「とても聡明な方。スミにぴったり」と直感した。川床明日香さんも同様の形で紹介いただいており「一見すると、とてもマイペースな感じの方ですが、芯は結構強い。これだけはぶらさない、といったような良い意味で頑固さをお持ちの方。ミサヲにとても合う」と気づかされていく。小野花梨さんに関しては、監督自身が以前から注目しており「あるバラエティ番組で見て、彼女の佇まいがとても気になっていた。演技もとても素晴らしいと知っていました。キャリアも長いですし、この作品を引っ張ってくれるような形になる」と考え、自らオファーした。なお、実際に救護にあたった被爆者の中でご存命なのは、手記に体験を寄せた元看護学生のひとりである山下フジヱさんただ一人。日本赤十字社の方を通じて連絡を取り「是非とも出演してほしい」と直接お願いし、ご出演いただいている。
撮影は滋賀県彦根市を中心に行われ「制作部の方が大変苦労された。しばらくの間、現地に住みながら、様々な場所のロケハンをして、選んでいただいた」と感謝を述べている。「滋賀は平地ですが、長崎は坂のある街。そこを擦り合わせるのは苦労をしましたが、滋賀県や彦根市の方々によるサポートがあったことで、うまくできました」とスタッフを労った。実際の撮影は、多くがワンシーンワンカットで撮影され、主にテイクワンで収めることを狙っている。事前に簡易な段取りはしているが「皆さんがお芝居をできない形にして、カメラが回っている状態で初めて演じる瞬間を撮っていきたい」という意向があった。そこで、役作りのために集まってもらい、ワークショップ形式で皆とドキュメンタリーの鑑賞や、手記の朗読、体を動かしながら人物像や感情を探っていくフィジカルワークを行ったりした上でクランクインしている。「演技をさせてしまうと、感情は出てしまうので、そこからは前の芝居を再現する恐れが出てきてしまう。演技をさせないままで、現場をうまくコントロールして、動きを把握し、初めて演技する時にはカメラが回っている状況を作り出そう」といった意図があり、俳優達には「役になりきらなくていい。自身とは別の人間である役に同一化するのは無理。役に自身の心を開いてほしい。きっと、相手もあなたに心を開くので、親友になってほしい」と伝えた。「普段の生活でも、誰かと親友になるのは時間を要することと同じ」と認識しており「事前のワークショップは、役を知った上で心を開いていくプロセスの一環としてフィジカルワークなどがある。救護所や焼け野原での台詞は、彼女達の感情を動かしてしまうので、台詞をなるべく言わせないように封じた上で、本番で初めて発してもらう」といったように独自の手法を実践している。そして、クランクインして撮影を進めていく中で、本作の序盤で、3人が集まり石畳の階段を上っていくシーンで「すごく良い画が撮れた。これはうまくいく」と手応えがあった。さらに、中盤に、坂を下りながら喧嘩するシーンがあり「僕は見ながら、涙を抑えらず、泣きながら芝居を見ていました。僕だけじゃなく、スタッフの多くがそうだったかもしれません。やっぱりあのシーンを撮れたことは、この映画にとって宝のような瞬間だったな」と感慨深げだ。
©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
完成した作品については、初号試写の際、初主演映画であり、当時の記憶を思い出したであろう菊池さんが「なんか…とても頭が痛い」と話していたと明かす。また、長崎や広島の被爆者の方や被団協の方にもご覧いただいており「彼らにも、とても前向きなリアクションや反応や感想をいただき、とても応援してくださっています」と安堵し「実際に被爆された方々や、今まで平和の思いを継いで、このテーマについて人生を捧げてこられた方々に納得し評価していただけた」と感謝している。その後、長崎でのワールドプレミアには2,000人のお客様が来場し「長崎の方々の中には被爆2世や3世も多いと思いますが、とても気に入ってくださっている」と感じ、公開前ではあるものの、胸をなでおろした。これまで手掛けてきた作品については「ずっと”命”について意識しながら撮っていたわけではない」と振り返りながらも、改めて「この作品を作った身として、命は大切なんだ、と実感し、命の尊さをもっと違う形で表現したい」と話す松本監督。「戦争映画ではなくとも、もっと強く胸に迫ってくるような作品が撮れたらいいな」と将来に目を輝かせていた。
映画『長崎—閃光の影で—』は、7月25日(金)より長崎先行公開、8月1日(金)より全国の劇場で公開。関西では、大阪・梅田のTOHOシネマズ梅田や難波のTOHOシネマズなんば、京都・二条のTOHOシネマズ二条や三条のMOVIX京都、神戸・三宮のOSシネマズミント神戸等で公開。
©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会

- キネ坊主
- 映画ライター
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- 現在はオウンドメディア「キネ坊主」を中心に執筆。
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