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存在が許されない命を守りたい!『被ばく牛と生きる』松原保監督と榛葉健プロデューサーを迎えトークショー開催!

2017年12月16日

2011年の福島第一原子力発電所事故発生後、“20Km圏内すべての家畜の殺処分”という国の決定に納得できず、被曝した牛を生かし続ける畜産農家の人々をとらえたドキュメンタリー『被ばく牛と生きる』が、12月16日(土)より大阪・十三の第七藝術劇場で公開。公開初日には、上映後 に松原保監督と榛葉健プロデューサーを迎えてトークショーが開催された。

 

映画『被ばく牛と生きる』は、東日本大震災による原発事故の影響で被ばくした牛たちを、殺処分せずに生かし続ける畜産農家たちの静かな戦いを記録したドキュメンタリー。2011年、東日本大震災と福島第一原発事故から1カ月後、原発から20キロ圏内は立ち入りが厳しく制限され、同年5月、農林水産省は20キロ圏内のすべての家畜の殺処分を決める。自分たちが育ててきた命を奪うことに納得ができないまま、涙を飲んで処分を断行した農家が多数の中、膨大な餌代を自己負担しながら牛を生かし続けようとする農家が現れるのだが……。故郷も仕事も奪われ、経済的価値のない牛を生かし続ける人々の5年間の姿を通し、生き物の命の価値や尊厳を問う。ナレーションは女優の竹下景子さんが担当。

 

上映後、松原保監督と榛葉健プロデューサーが登壇。地元大阪での公開を迎え、松原監督は「初日にお客さんが来て頂きトークショーまで参加頂き感謝しています」とあいさつ。榛葉さんより「この映画は、単純な勧善懲悪なストーリーでなければ、よくある泣ける映画No.1の類でもない。福島が置かれた現実をありのままに映した光景に直面して頂いた時、感じるものは沢山ある。この気持ちをお持ち帰り頂き、福島からの想いや願いを託した大切な時間にさせて頂きたい」と思いを込める。

 

本作を制作するにあたり、松原監督は「私は映画を作ろうとしていたわけではない。そもそも、海外に向けて日本の古き良きものをドキュメンタリーで発信できないか、と考えていた。3.11以降、相馬野馬追という祭りが開催が危ぶまれるというニュースを見て、追いかけようとしたのが始まり」と明かす。かつて、監督は「業界に入った時、相馬野馬追を取材し『日本にこんな祭りが残っていたのか』と強烈に頭に焼き付いた。3.11以降、記録をしていかなければならないと思い取材を始め、山本幸男さんや吉沢正巳さんに出会った」と振り返る。取材を通じ「被災者にも拘らず人情味があり我々を温かく受け入れて下さった。被災し将来が分からない状況下で、相馬野馬追が終わったら自分はもう訪れない、というのは間違っている」と反省した。松原さんは映画の予定はなかったが、被爆した牛達を生かしたい思いのきっかけはどこにあるか理解する為、人に食べられていく家畜を生かす理由を自身で探そうと深く取材する。

 

松原さんの知り合いが震災発生以降2,3年目で映画を完成させ公開していたので悔しく思いながら、映画をつくるための取材は大変だった。同時に、農家さんの気持ちをしっかり理解できず、本音を引き出す取材ができなかったと悔やむ。4年近く取材し続け2015年には資金的に辛くなってきたが、大阪の「ヒューマンドキュメンタリー映画祭《あべの》」で作品を発表し、どういう評価が得られるか試した。発表できる場がなかったが「私がやっていることが社会的に意味があるのか。1度は誰かに評価してもらう必要がある」と思いチャレンジした。20分の作品だったが、高評価を受けコンテスト部門のグランプリを獲得。自分がやってきたことは間違っていなかった、と長編映画化を見据えた時に榛葉プロデューサーと出会った。

 

榛葉さんは、出品作品について「若手の登竜門として映画祭のコンテスト部門がある。学生やアマチュアを中心に応募があり、松原さんのようなベテランの方が応募することは、あまりない。10年ぐらい審査員をやっていたが、初めて満点をつけ、審査員全体でも圧倒的な評価があった」とコメント。映画祭の後、榛葉さんは松原さんに声をかけられ、30年前の駆け出しディレクター時代に仕事を一緒にしたことを思い出した。その時「20分だけでなく、大量の映像がある。長編映画を作ったことがなく、まずは観てもらえないか」と依頼を受けた。実際に映像を見て「粗削りで映画として成立していなかったが、断片的な当事者への取材が深くまで辿り着いていた。公開のタイミングを逃しても取材を継続してきた。同じ登場人物の感情の変遷の厚みが圧倒的。怒りから生きることへの執念まで、短い言葉では表現できないものが映像化されており、映画が出来る」と確信する。

 

松原監督は取材を続けていくなかで「本音を語ってもらったか疑問があった。訪れる度に同じことを聞いても1年後に変化があり、どこに本音があるのか考えた。結果的に、牛を生かしたい想いがどこにあるのかなかなか見出せず、今でも答えがない」と打ち明ける。だが、少しずつ彼らの意地があることに気づき「周りからは反対されても、抵抗してここまでやってきた。牛を殺すことで生計を立ててきた恩義を感じている。牛は現在も元気。被爆したからといって殺さず、ペットのような気持に切り替わっている。彼らに選択を迫ることは考えられない」と悟った。農家の方々への取材を通じて「自分達が被害を受けたが、新しい人生を開きたい想いは十分にある。一方で自分達が可愛がっていた牛がそばにいて、誰かが面倒を見ないと自分たちは次のステップには進めない」と気づかされる。被ばくした牛達の命について「何らかの形を以て保証し外に出さない条件の下で研究して生かし続ける等、命の面倒を見てくれるならば、彼らは踏ん切りがつき次の段階に進められる。現状では面倒を見るのは自分達しかいない」と教えられた。

 

現在まで福島に関するドキュメンタリー映画は40~50本程度公開されてきた。榛葉さんは「福島の映画館の方から『本作は5本の指に入る圧倒的に優れた作品だ』と評価された」と報告。プロデューサーにとって本作は「主義主張をしていない作品。5年経った今、我々はこの映画をつくる意味があるか自問した時、今までの作品と違い、表舞台に出てこない方々の映像がある。カメラを向けられても話したがらない方を映画に定着させていくのが大事」だと考える。TVやPCで見るものだけが全てではないと受け止め「被災者の気持ちを実感するために映画でお客さんと同じ思いを分かち合える。そこで、初めて福島の方の想いを少しずつ実感できる」と訴えた。この後、関西だけでなく福島県から来られたお客さんとの質疑応答や写真撮影を行い、最後に松原監督から「少しでも福島の状況を感じ取って頂けたら有難いです」と願いを込め、舞台挨拶は締め括られた。

 

映画『被ばく牛と生きる』は、12月16日(土)から2018年1月5日(金)まで大阪・十三の第七藝術劇場で公開。なお、神戸・元町の元町映画館でも近日公開予定。

キネ坊主
映画ライター
映画館で年間500本以上の作品を鑑賞する
映画好き。映画ライター講座を受講し
関西の映画情報サイトを中心に執筆

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